紀伊半島Tour18#3
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湯ノ又→牛廻越
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目覚めてももう少し布団の中でうとうとしてから、タイミリミットの5:30に布団から出ることにした。ちょっと肌寒いのだ。さすがは標高400mだけのことはある。
でもちゃんと5時半前には起きて、フリースを着て昨日のメモやら今日の行程チェックやらを遂行してゆく。日高川の渓谷はまだ青い影の中だが、空は真っ青で朝日が一杯なのが、影の中からでもよくわかる。
今日の予定コースは国道425牛廻越・上葛川から瀞峡の再訪、終着は新宮市熊野川町の小口「新宮市小口自然の家」だ。
龍神側から牛廻越を越え
るのは今日が初めてだ。逆方向からは2006年に訪れている。その時は十津川発13時。牛廻越を越えた後は、紀伊田辺の宿に向かう必要もあったため、急いでもあまり早く登れない私が精一杯急ぐという、まるで国鉄末期東海道山陽のEF62みたいに悲惨な詰め込み行程となってしまった。その結果、昨日の引牛越前回訪問時と同じく、山深いこの道の風景に感動はしたものの、具体的に記憶に残ったのはとにかく想定以上に時間が掛かるということだけだった。
今日は一応午前中丸ごと牛廻越に費やせるような計画にして、満を持して牛廻越に向かいたい。まあ計画自体はかなり大雑把なのだが、天気予報は1日じゅう晴れ。何度も通行止めや現地での雨天に阻まれているこの道の再訪に、絶好のチャンスだ。
朝食は無理を言って7:00に準備していただいた。やはり色とりどりでボリュームたっぷり、植物主体健康系で美味しい。こういう食事をしっかり食べ、朝なるべく早く出発することが、ツーリングの1日には大変重要なのだ。お弁当のおにぎりについて女将さんから 「高菜入りご飯を高菜で巻いたおにぎりでもいいか」 とお申し出いただいた。美味しそうだし、地元の食べ方らしい。喜んでお願いするものの、1個だけにしていただく。朝食をしっかり食べたから多分お昼まで腹は保つだろう。万が一午前中に腹が減ってしまっておにぎりを食べても、昨日飲食店を見かけた十津川温泉の辺りを今日もお昼前後に通る予定なので、更に何か食べることができるだろう。それに、バームクーヘンだってまだ3つもあるのだ。あまり過剰に荷物を持ちすぎる必要は無いし、バームクーヘンをもうひとつぐらい食べてしまいたいところだ。そうすれば残り2日でバームクーヘンも残り2つになる。
表に出ると、渓谷の山肌にはもう日差しが当たり始めていたものの、谷底はまだ影の中だった。空気がきりっと寒い。レッグウォーマーは要らなさそうだが、フリースを着込んでおく。7:50、湯ノ又「民宿龍神」発。良い宿だった。
宿の隣がこれから向かう国道425が通る小又川を渡る橋で、橋を渡ったその袂から国道425へ。あまりにあっけなく、今日最初のメインイベント開始である。
深くくねくね続く谷間の道は、最初は拡幅済み。
1km強ぐらいで津越の民家の小さい塊とともに段階的に細くなり、最後の集落上瀬から森区間に入るとともに、幅も路面もすっかり国道425そのものになった。
この段階で、湯ノ又を出てまだ2.5km。そしてもう牛廻越の向こうまで集落は無い。
装いをすっかり林道っぽく変え、国道425は小又川の谷底に続く。渓谷の谷間は狭く、山側に切り立った岩が続く。岩肌はごつごつ露出し、吹付補強箇所があまりみられない。路面はやや荒れ気味で細かく砕けた鋭い岩が多く、急カーブも頻繁だ。
狭く深い渓谷の道である一方、路面と小又川は近い位置にある。広葉樹の梢が覆う木漏れ日の明るい道では、日なたの斑と、木々の間にきらきら輝く川面がまぶしく、時々現れる鬱蒼とした杉の森も程良いアクセントだ。
登り斜度はかなり緩い。登るというより、そろそろとのんびり辿るのがとても楽しい道だ。渓谷の酷道というより「岸辺の細道」という言葉が自然と頭に浮かぶ居心地の良さが、同じ国道425でも一昨日昨日の道に比べて特徴的だ。と言ってもやはり道幅は狭く、しょっちゅう立っている「転落事故多発」の看板通り、この道に車でやって来るのは自殺行為なのだろう。狭い道幅で細かいカーブの出会い頭などはかなり難儀しそうだ。オートバイでもあまりパワーは出せないような気がする。そう考えると、この酷道を訪れるのに自転車は一番便利なのではないか。
今日の私はタイヤを切らないように注意する必要もあるため、たとえ平坦に近い斜度であっても速度は10km台中ば前後。時間の経過に対して位置は全然進んでいない。でも、そういうことをとても楽しめている。
こんなに素敵な道を焦って通った2006年の自分が、かわいそうになってきた。「緑に染まりそう」という言葉以外に具体的な風景を全く覚えていないのだ。緑に染まりそうという意味ではまったく相違無い。しかし、我ながらもっと感動することがあっただろうと思う。そう考えると、今日自分が遅いのは悪いことではないという気もする。ある意味、これがベテランツーリストの弁証法というものなのかもしれない。自分がこんなことを考えるようになるとは。
道が坂をぐいぐい登り始めた。川縁だった国道425の外側は深い森に変わっていて、木々の間には何となく明るい光が伺えた。
ちらちら見えるその距離感覚や断片の脳内合成により、それが谷間や周辺の山だということが想像でき、谷底から離陸を始めている状況は何となくわかった。地形図で見ると、道は山肌というより入り組んだ急斜面をトラバースで高度を上げている。
300mを超えて一旦斜度が緩くなり、450mを超えるとまた斜度が上がった。ところどころでは斜度が一段落し、妙に平坦に近い区間がある。
進んでも進んでも実際にはあまり登れていないじれったさは、1本南側を通っている引牛越とよく似ている。
谷底区間の岸辺の道とは対照的に、木立はなかなか途切れることが無い。標高600m手前からやっと正面の木立の間に、稜線が落ち込んだ場所が見えてきた。確かあれが牛廻越だ。地形図上で峠の場所と周囲の地形を確認しておく。
峠手前、最後の山肌一巡りで高度を更に上げる場所で、やっと峠部分が見えてきた。ひと登りの高度差と、逆光でシルエットになっている周囲の森を纏い、なかなか山深い風格が感じられる。さすがに「牛を峠の手前で帰した」かつての習わしがそのまま峠の名前となっているだけの使い込まれた道、いや、道とともにある山の雰囲気、ということなのかもしれない。いい峠だ。
9:25、牛廻越着。
紀伊半島Tour18#3 2018/4/29 湯ノ又→小口 牛廻越 #theta360 - Spherical Image - RICOH THETA |
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鉈の刃みたいな岩を掘り割りでくるっと向こう側へ回り込む峠部分の形態、峠そのものがあまり他では見かけない狭さで取り付く島が全く無いこと、特徴的な部分が引牛越とよく似ている。位置的にも牛廻り山を挟んで南北に位置し、名前も「牛」の文字が共通している。ペアで把握しておきたい、紀伊半島のツーリング的名所の一つだと思う。
記 2018/6/2