Canon T90

50/1.2Lがよく似合うのは貫禄の証

T90+50/1.2L


 1986年2月。新聞経済欄のキヤノンの新製品として、私はひしゃげて歪んだような形の一眼レフの小さな写真を見つけました。そこには8モード13AE・最高速1/4000シャッター・3測光方式切替・秒間4.5コマの内蔵モータードライブを単3乾電池たった4本で駆動・ボディのみ電池込みたったの800gという、信じ難いというより胡散臭い程ののハイスペックも載っていました。だって当時の常識では、秒間5コマには最低でも大きな外付モードラに電池8本が必要だったんです。

画面サイズ 24mm×36mm
マウント キヤノンFDマウント
ファインダー 固定式 ペンタプリズムアイレベルファインダー
ファインダー視野率 上下94% 左右94%
ファインダー倍率 0.77倍(50/1.4使用時)
フォーカシング
スクリーン
交換式
測光方式 TTL中央部重点平均測光
中央部部分測光 スポット測光
測光素子 SPC
測光範囲 EV0〜EV20
露出方式 シャッター速度優先AE(シフトON/OFF可能) 絞り優先AE(シフトON/OFF可能)
標準プログラムAE バリアブルシフトプログラムAE 絞り込み実絞りAE
ストロボAE(A-TTLダイレクト調光 FEロック自動調光TTLダイレクト調光 
それぞれシャッター速度優先・絞り優先・プログラム各AE可能 NewCATS)
絞り非連動値読取マニュアル 絞り込み指標合わせマニュアル
シャッター形式 縦走り全速電子制御メタルフォーカルプレーンシャッター
シャッター速度 1/4000〜30秒 B 1/2系列ダイヤルセット AE時無段階可変
X接点同調速度 1/250
フィルム感度 ASA6〜6400 DXコード自動設定 手動設定可
露出補正 露出補正±2段1/3ステップ H/Sコントロール4段1/2ステップ
セルフタイマー 電子式 10秒又は2秒 動作中LED点滅
フィルム装填 自動装填
フィルム巻き上げ 給装専用小型コアレスモーターによる自動巻上
給装モード S(1枚撮) L(秒間最高2コマ) H(秒間最高4.5コマ
絞り込み時は最高5コマ) 電圧低下時の自動変速機構内蔵
フィルム巻き戻し 巻き戻し専用小型コアレスモーターによる自動巻き戻し
多重露出 9回までの回数指定可能
電源 単3型アルカリマンガン電池4本
マンガン電池・NiCd電池使用可能
大きさ ボディのみw153.1mm h121mm d69.4mm
重量(電源込) ボディのみ800g
発売日 1986年2月
定価 ボディのみ\148,000 50/1.4付\180,000
参考リンク Canonカメラミュージアム
Photography in Malaysia>Modern Classic SLRs Series

 Tシリーズ最高級機T90。それまでのTシリーズへの悪印象もあり、凄い!という驚きより、何だこりゃ?という違和感が、私を含めた当時の世の中の第一印象だったように思います。何しろ単3電池駆動、こんなのカメラじゃないよ。

 見たことのない外装デザインは、その数年前からキヤノンがプロトタイプのデザインを委託していた、有名インダストリアルデザイナーのルイジ・コラーニのコンセプトによるものでした。このため、当時はデザイン関係からも大いに注目されたようで、デザイン系建築雑誌SDのコラーニ特集に、コラーニとキヤノンデザインチームの共同デザインプロセスが数ページにわたって紹介されたものでした。
 この記事の要約版は、キヤノンのHPで今も読むことができます。キヤノンがこれほど一つのカメラのデザインに気合いを入れたのには、AFに向けた多モーターシステムをはじめとした新技術でカメラの構造ががらっと変わる機会に、外部のデザインも新しく最適化してしまおうという意図があったのでしょう。

 当然のようにこのカメラは話題になりましたが、当時はどう考えてもこのサイズでこのスペックは実現不可能に思えました。一方、驚きを通り越した不信感に、私はしばらくこんなカメラは見たくもないというスタンスを通していました。
 しかし登場後何ヶ月か経つと、雑誌などでT90の好評ぶりを見かけるようになり、私も自らT90を偵察せざるを得ない状況になってきました。そしてSSで触らせてもらったその操作感に、もう一度驚愕。軽快で反応も精度も良く、軽くて頑丈、持った瞬間から手に馴染むグリップや直感的に扱える電子ダイヤルなど、実に素直な良いカメラだったのでした。流面体ボディも、写真で見るより全然かっこいい。T7080辺りとはモノが違う。例によっていっぺんで見直しました。
 その時点では、まだ自分がT90を使うことになるとは考えもしませんでしたが、世の中では驚くべき現象が起こっていました。NewF-1使いとして知られていた写真家やプロ達が、続々とT90に鞍替えを始めたのです。華々しく登場したT90でしたが、このように実力叩き上げで世間の評価を高めていったことが、その後のEOS-1系の路線を決定付けたと思います。

20-35/3.5Lとのコンビは機動力最高 枚数製造マシーン(笑)

 T90発表時、キヤノンはまだ「カメラがやるべき事と人がやるべき事がある」等という新聞広告で、暗にAFを非難していました。しかし、その一方で1年後にはころっと態度を変えてEOS650620を発表、1989年にはEOS最高級機でT90のAF版ともいうべきEOS-1が登場。どう考えても、次第にFD系システムは過去のものとなっていくのでした。

 そうでなくても衝撃の登場からもはや20年。恐ろしいことにそんなT90もクラシックカメラになってしまいました。
 世間のT90には、電磁石への埃や内部ゴムの粘りで動作シーケンスが中断する「EEE」トラブルが多発しています。ロットによっては初期EOSと同様、ブレーキダンパゴムが縦走り羽根に溶着し、シャッターユニットを交換しないと治らない場合も。しかし、もうメーカー在庫の交換部品が無いので、2台分の技術料で2個一で復活させるという話も耳にします。修理が難しくなってきたので最近は中古相場が下落傾向、2万代後半〜4万程度の価格が付いています。
 1994年発行のカメラジャーナル「ベストカメラ」には、
「今でも少数になったとはいえ、T90党というのは町ですれ違っても、その気迫で分かるようである。
 幸いにして私はその恐い連帯には加わらずにすんだひとりだ」
とあります。10年以上後の現在は尚更、T90への、そしてFD使いへの世の中の視線には、大なり小なりそんな見方があると思います。

 しかし、とにかく使いやすいT90ではあります。電子ダイヤル一発で好みのシャッター・絞りを選べるマルチプログラムAEと、マルチスポット測光+HSコントロールのファインダーを覗いたままの直感的な指先操作で、ほぼ思い通りの露出が得られます。EOS系列と比べても類を見ない大型グリップに縦位置レリーズボタンを追加すると更に使い勝手が向上。シャーシに至るまでかなり樹脂度の高いカメラではありますが、ある時期一斉にプロが鞍替えしただけあって、精度・耐久性ともNewF-1に迫るような安心感があります。

 1991年、遂に長年の愛機A-1の代替を選ぶことになりました。いろいろ考えて、NewF-1のみならず一時はニコンF4マミヤ645まで視野に入れましたが、結局50/1.2L80-200/4L等手持ちレンズがそのまま使えるモードラ内蔵のT90と、将来性のEOS-1の2択に。決めあぐねて最後は新宿SSで触り比べ、グリップのホールディングが圧倒的に良く、ファインダー表示も赤LEDでと青の液晶背景色がかっこいいT90に決定したのでした。
 その後ネガカラーとリバーサルを使い分けるため、1992年にもう1台増備。私のT90は2台体制となりましたが、ヨーロッパ旅行中に先の80-200/4L20-35/3.5Lとともに1台が盗難に合ってしまいました。帰国後、町中で何とかみつけたデッドストックのN50/1.4付を入手、再び2台体制となって現在へ至っています。
 2台ともスクリーンは全面マットに交換、縦位置レリーズボタンコマンドバック取付と、購入直後からもう20年ぐらいこの仕様で現在に至ります。1台は2005年、T90お決まりのダンパゴム溶着トラブルでシャッターユニットを交換。もう1台もたまに起こるEEEトラブルにおびえつつ、一応2台とも完動状態を保っています。
 好きなFDレンズが使い続けられてデザインもかっこよく、操作性は最高。先日EOS630を手にする機会があったのですが、触っているとどうしても悲しくなってくる程何かカメラとしてバーチャルというか、カメラを操作しているリアリティに欠けるというか、決定的な手応えの無さがあり、改めてEOSとT90をさわり比べたときのことを思い出してしまいました。
 そんなわけで、私は未だにT90を止められないのでした。

記 2006.6/22

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Last Update 2009/11/23
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