自転車


1号車 Cherubim 650A Touring 12 2017年8月 北海道 道道106にて

 2012年1月完成。旧1号車のパーツをほとんど移植して組んだ、旧1号車とほぼ同仕様のランドナーです。フレーム色は2号車に続いて生地現しハンドヘアライン&クリア仕上。こちらの方が塗膜がやや薄めで少しマットだと思います。この辺はまるっきりお任せ。乗り心地も2号車と似ていますが、こちらの方がややソリッドかも。特にちょっと積載したときの安定感が抜群なように感じられます。
 4サイドキャリアの日東キャンピーを2012年に買い換えた時、それまで固定式だったブレーキ台座取付部は可動式に変更されていました。それまでキャリア取付時の寸法調整はブレーキ台座取付部を木槌で軽く叩いて塑性変形させ角度を変えていた(=強度上問題がある)のが、この変更によりボルト締めにより細かく、何度でも調整できるようになりました。このため以前は旧1号車が4サイド限定、旧2号車がサドルバッグ限定だったのを、現1号車と2号車では4サイドもサドルバッグも共通運用とし、毎年ほぼ交代で北海道Tour夏に登板させています。そしてその年4サイドで使わなかった方を、サドルバッグ取付で運用しています。
 事程左様に、現1号車と2号車はどっちがどの用途ということ無く、両方とも頼りになる愛車となっています。でも強いて言えば、サンツアーミーティングはサンツアー度の高い2号車の方が向いてるかも。

Spec

2号車 Cherubim 650A Touring 10 2019年5月 長崎県 五島市久賀島にて

 2010年12月完成。1号車とほとんど同じ仕様のランドナーです。諸般の事情で完成はこちらの方が1号車より先になりましたが、旧2号車のパーツをほとんど移植して組んだので、名前はこちらが2号車になっています。
 乗り心地はオーソドックスでいて無性に楽しく疲れず厭きず。過去高地車最高だと思います。
 銀色に見えるフレーム色は、クロモリ鋼生地現しハンドヘアライン&ウレタンクリア仕上。フレーム組付けの最終段階で見せていただいたときに、何だかこの美しい素材を色で隠してしまうのは忍びない気分になり、この仕上にしていただきました。
 完成直後はヘアラインの柔らかい輝きが眩しい程でしたが、現在少しずつ、塗膜下鉄部表面に酸化皮膜(っぽい錆)が形成されつつあり、口の悪い友人どもに「新車に見えない」「新車じゃなくて新フレームだね」とか言いたい放題言われてはいます。まあ確かにパーツはほとんど旧2号車からの移植なんですが。
 でも、鉄のテクスチュアは好きなので、輝きも柔らかい生地ヘアライン部、正確でなめらかなロウ付部、鉄の文明のノスタルジックな表情を持つ錆部分、全部とても気に入っています。

Spec

旧1号車 Cherubim 650A Touring 99 1999年8月 北海道 ベベルイ基線

 1999年4月完成。長年の夢だった、フルオーダーのランドナーです。通勤から4サイド仕様での北海道ツーリング、ハンドルを交換して軽山サイまでけっこう幅広く使っています。多分60000kmぐらい乗っていますが、柔らかく優しくどこか懐かしく、それでいて乗る度に新しい出会いがあるフレームは、まさに今野マジック。とても気に入っています。
 完成当初は3代目の構成を踏襲していましたが、その後2年ぐらいの間にほとんどのパーツが入れ替わりました。MAFACクリテが削り出しAVIDに、シュパーブプロロードペダルはSPDに、Wレバーはコマンドに。一応手元シフトにビンディングペダルのランドナーになりました。
 ここぞという時の信頼感は抜群。…だったんですが、長年の使用でトップ&ダウンチューブに座屈、更にチェーンステイブリッジに亀裂が発生。応急処置の上、2011年いっぱいで引退。フレームだけになって保管中です。

Spec
完成まで

旧2号車 Cherubim 650A Touring 00(鬼籍) 2002年10月 新潟県 朝日スーパー林道

 2000年6月完成。1号車のスペアとしてほとんど同じ仕様、同じ用途ということで作りました。でも、4サイド用キャリヤは1号車に合わせて寸法調整してあるので、4サイドは1号車、こっちは@niftyのOFFや、単独のショート泊まりツーリングに登板。今野さんによると「うーん、どこを変えるかな」ということで、乗り味は1号車より更にまろやか。とにかく乗っていて楽しくいい気分の自転車でした。
 写真ではわかりにくいですが、塗装は青に白いエアブラシのスモーク模様。ラグ・クラウンのクロムメッキも相まって、どちらかというとゴージャス系。2004年12月、念願のFD/RDシュパーブ&コマンドインデックス化完了。

 50000kmぐらい乗ったと思いますが、2010年3月、シートチューブがど真ん中からぱきっと剪断破壊。当該部分は諸般の事情で綿バーテープを巻いていたため、しばらく破断に気づかずに乗っていました(笑)が、同4月に廃車。パーツ関係はほとんど新2号車に移植、ブレーキ台座も新2号車に移植したため、解体となりました。台座移植のためにフレームを持ち込んだ今野製作所で、何だかお別れが悲しくなりましたが、今野真一さんに「里帰りですね。きっと喜んでますよ」と言われ、だいぶ気が楽になりました。

Spec
完成まで

3代目ランドナー Cherubim Super Touring L 97(鬼籍) 1998年5月 北海道 赤井川村

 1997年10月完成。私としては初のセミオーダー車です。フレームは今野製作所製、地元の富麻サイクルさんで組んでもらいました。片倉シルクとは全く違う、疲れない乗り心地には本当に感激。これがビルダーフレームか、と目から鱗ものでした。この乗りやすく疲れないランドナーが、それまでの片倉SILKで出来上がったサイクリングの固定観念を崩してくれたおかげで、この後の現1号車での行動範囲は、以前よりも大きく拡がったと思います。
 1999年1月、通勤時のちょっとした不注意から事故廃車になってしまいました。トップチューブ・ダウンチューブ完全座屈、フレーム大破と言える事故でしたが、私はかすり傷だけ。きっと自転車が身代わりになってくれたのでしょう。短い付き合いだったのに。

2代目ランドナー 片倉SILK 1985年型 Randonneuse(鬼籍) 1986年8月 北海道 函館市

 1986年3月、北海道ツーリングのために、先代よりもう少ししっかりした自転車を、という目的で地元富麻サイクルさんで購入。初北海道ツーリング・その後の北海道ツーリングを支えてくれた思い出深い自転車です。
 今にして思えばけっこう重くて固い自転車ではあったような気もしますが、それでも初代のLA SCORSAとは全然違うしっかりした造りに、「さすが片倉SILKだ」と思ったものでした。この自転車があったから北海道ツーリングが続けられた、とも言えるでしょう。
 1997年8月、北海道Tour97の初日、幌延の少し北の道道でエンド部分が破断。縦にすぱっと割れたその断面はどう考えても疲労骨折でした。北海道のために出会い、北海道で天命を迎え、ある意味乗り倒してあげられたとも言えるでしょうか。

初代ランドナー ナショナルLA SCORSA 1981年型(鬼籍)

 1981年7月、私もついにジュニアスポーツを卒業し、あこがれのランドナーに乗る日がやってきました。
 買って1週間で出かけた、車山高原へのツーリング初日。乗車感覚不足で、深谷辺りの国道17号(!)で転倒、せっかくの直付けWレバーは折れてしまいました。その後も幾度と無く無体な扱いになってしまい、今となってはかわいそうなことをしたと思っています。高校〜大学と、近場の探索主体に乗っていましたが、片倉シルク購入と同時に屋外に追いやられ、1987年、いつの間にかぼろぼろになって廃車。あこがれのランドナーのはずが…(す、すまん)。

(写真は松下電器産業株式会社自転車事業部殿1984年1月21日カタログより転載)

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Last Update 2023/12/17
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