北海道Tour23#14
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夜明けの空は晴れというより曇り。その後いつまで経ってもあまり明るくならず、陽差しが出ているような出ていないような厚い雲が、朱鞠内湖の上に拡がっている。今日はお昼までには晴れる予報なので、焦らずに粛々着々と脚を進めよう。
6:10、朝食前に肌寒い朱鞠内湖岸へ脚を向けてみる。青空は見えるものの、未だ雲が空を覆い、陽差しはあまり出ていない。それならそれで湖面から霞が煙り立つ様が幽玄と、なかなかの迫力だ。
相変わらず湖面には波が全く無い。ものすごい平滑度の平面が空を映し、彼方の対岸まで拡がっている。昨日と同じく、拡がりも平滑さも見たことが無いほどの空間規模だ。そして曇りのため風景が白黒っぽい分、空を映す湖面の光り方が昨日より更に非現実的だ。それは鏡じゃなくて、何かただならぬ見たことが無い液体金属というか、いや、液体金属がどんなものかはよく知らない。液体金属だって、子供の頃体温計を割って出てきた水銀以外、ターミネーターでしか見た記憶は無い。とにかく、水じゃない何か未知の物質が光っているように見えるのだ。もともと自然の湖じゃない人造湖に、単に水が溜まっているだけなのに、何故こんなにただならぬ非現実感が漂っているのか。むしろ人造湖だからこういうことになるのか。
妄想は止めどなく纏まり無く拡がりつつ、何かやはり来て良かったと思う。或いはこれは、感動というものかもしれない。何事もわかった気にならず、実際に来たり見てみることには意味があるのだ。
宿に戻ったら7時前。美味しい朝食をいただくとする。補給食は昨日旭川空港で仕入れたバームクーヘンが十分残っているし、今日は下川辺りか名寄盆地で補給可能とは言え、ご飯はお代わりしておく。
7:45、レークハウスしゅまりない発。
湖畔の丘から三俣へ下り、丘を一つ越えて朱鞠内へ下って、今日は国道275を母子里方面へ。
えんじん橋からひと登りの後、母子里まで湖岸の森を反時計回りで進んでゆく。
■アップダウンが延々続くとはいえ、斜度は緩くそれぞれの登り下りは長くない。深い茂みの笹に熊が潜んでても不思議じゃないとは思うものの、この道には全国に熊が急に出没し始めた2005年以前から訪れているせいか、梢が高く開放的な森の明るい印象が優っている。
それにさすがは国道、道幅に狭さを感じさせない。通る車は少ないながら、熊除けには十分なぐらいに通っている。急がなければ毎回安心な、淡々と楽しい印象がある道だ。その安心感にあまり根拠が無いことは、理解はしている。
雲が早めに動いている。再び湖岸の丘に登り切る辺りから上空に青空が続き始め、南岸の開けた原野辺りで完全に陽が差し始めた。早朝曇りで寒かったのが、日なたなりに少し気温が上がってきた。日陰はきりっと涼しいものの、足を停めると日なたはぽかぽかなので、ここでフリースを脱いでおく。
■反時計回りしてゆく樹海の、時計で言うと6〜5時辺りで、道から朱鞠内湖が見え隠れし始めた。岸と湖が入り組み、波の無い静かな入り江が森と青空を映している。陽差しが当たる広葉樹は、秋ではあるもののまだまだ濃厚で明るく鮮やかな緑色だ。ここも4年振りの道なので、森の木々が成長して高くなっている。湖面の見え方が記憶と少しずつ違うな、などと思いながら、しょっちゅう脚が停まって仕方無い。
■道の脇に牧草地が拡がり始めた。そろそろ母子里が近いはずだ。丘を重機2台で掘り返しているのは土壌改良中なのか、或いは牧草地を拡げているのかもしれない。既知の道だと思っていても、少しづつ景色は変わっていくのだ。
何度訪れてもいつも雨か曇りが続く時もあるし、晴れでも急がないといけない日もあった。時間をかけているから脚を停める余裕があるし、余裕がある時に脚が停まる場所ではありがたく楽しめるものを楽しんでおくべきだ、などと思う。今日も焦ること無く、見たいものを思う存分眺めて、いいツーリングにしよう。
9:15、母子里着。まだ9時だし、折角の母子里だ。表敬訪問で交差点に訪れておく。交差点脇の元ホクレンスタンド前、元商店の自販機は今回も建っていてくれたので、コーヒー休憩とする。ここまでずっと涼しかったので、水をほとんど飲んでいないことに改めて気が付いた。缶コーヒーを一気飲みして、交差点をぐるっと見渡し、過去の訪問を思い出す。ぴりっとしないおやじツーリングであっても、こういうことができるのは大変嬉しい。
交差点から道道688へ分岐して名寄方面へ。盆地外れで南へ向きを変えた道の、少し遠くの丘の稜線に、見覚えがある枝の張り方の樹を見つけた。1985年に訪れた、時々どこだったかよくわからなくなる丘と、そこに立つ樹を裏側から眺めているのだった。そうか、あの丘はこの道から裏側が見えるんだった。過去の訪問でも何回かそんなことを思っている。現地に来て思い出すことは多い。
母子里から名母トンネルは登り150m。4年前に眺めた道の風景が淡々と過ぎ、トンネル手前の急斜面は橋で一気に飛び越えてしまう。9:45、名母トンネル通過。前後の覆道を含めて延長1900m。1990年代に開通した道だけあり、道道の山岳トンネルとしては長い方だ。
トンネルの名寄盆地側は、山間の母子里側より更に雲が少ない。陽差しがまぶしく、鋭さ厳しさすら感じられる。でも2019年の秋ツアーでは、もう少し暑かったように思う。今日は前回より時間が早いから涼しいのかもしれない。
朱鞠内からここまで、2019年と全く同じ経路だ。この先名寄盆地内では、盆地東側の国道238まで辿りつけばいい。気が向いたらアドリブで新規ルートなど開拓しても良いと思っていた。でも前回のコースへの分岐で、やはり前回と同じ道、弥生方面へ向かってしまった。こちらの静かな丘越えと、静かな弥生の風景はとても好ましい印象があるのだ。
小さい丘を2つ越えた後、天塩弥生から農道と系統が違う線形で盆地へ下ってゆく元深名線跡の細道へ。山を振り返ると明るい緑が美しい。赤トンボが空一杯に飛び交う中、開け始めてどんどん拡がってゆく平地へ着陸するように、田圃の中へ下ってしまう。名寄盆地では、田圃の多くは刈り取り中だった。北海道の美味しい米を思い出す。
下りきってしまえば、あとは概略南東を目指し、盆地の直行グリッドをじぐざぐに風連へ向かえばいい。全体的には地図なりに、盆地の向こうに見える距離感より長く感じられた。
10:45、風連着。士別・名寄間の無人駅と周辺の町、風連という先入観より、2020年台現実の風連は大分賑やかだ。国道40の交差点にはGPSに表示されているセブンイレブンは無かったものの、経路沿いの交差点にローソンを発見できた。やった、名寄盆地内でコンビニに出会えた。大変有り難く休憩させていただく。下川までコンビニが無くても大丈夫なぐらいに補給食は持っている。しかし下川セイコーマートの先、予定コース上に明日の10時頃に着く歌登セイコーマートまでコンビニは存在しない。行動食補給が必要なら、というより明日歌登までの行動食が必要なので、セイコーマートがある下川市街を経由しておく必要がある。しかし下川市街に立ち寄ると、30分強ぐらいのロスが発生する。本来、下川市街から分岐している道道60の、名寄川を渡る放牧地橋が、工事中で全面通行止めになっていて、迂回路は下川市街の2kmぐらい手前で対岸に分岐する道しか無い。この道を夏に2回も大回りさせられ、身体と心に面倒くささが染みついているのだ。そういう事情があり、ここにコンビニがあることで下川市街に大回りする必要が無くなり、大いに助かった。
今回の旭川→仁宇布3日間のコースは2度目だが、北海道Tourの経路パターンの中でも大好きな部類だ。ならばこのコースはまた訪れる機会もあると思う。放牧地橋で迂回する必要が無いときにも、ここにローソンがあることは、今後頼りにする機会があると思う。
11:15、風連発。
のんびりした町道で段丘を台地に乗り上げ、段丘縁ののんびりした畑に続く農道から下川方面へ向かう国道238に合流。いつまでも農道のままだといいんだが、と思いながら中名寄、上名寄と脚を進めてゆく。こちら方面から下川へは緩い登り基調となるこの道、今日は横風が時々向かい風気味だ。車はそう多くなく国道としては十分に静かで、畑や農家や山々など盆地の風景も、広々と北海道らしい空間の中で落ちついている。
とは言えやはり国道、しばらく走っていると退屈じゃないと言えば嘘、というぐらいに飽きてくる。そろそろ下川手前に近づいてきた上名寄の先辺りで、名寄川対岸への迂回路分岐の1本手前に、川の土手に沿った河川管理道を発見。というより、地形図を眺めてこの辺で分岐できるかもしれないと思っていた道だ。のぞき込むと運良く舗装されているようなので、迷わず入り込むことにする。地図で眺めていたとおり、名寄川の土手に続く河川管理道の途中で対岸に渡り、河岸山裾の静かな集落の終端で夏に通った道に合流することができた。対岸だからこそ、名寄川の向こうに下川の盆地が伸びやかに感じられる、静かな良い道だった。夏にはこんな道通ると思ってなかった。いや、秋に通ろうと思っていたかもしれない。
12:05、サンルダム下で道道60に合流。いよいよ今日も道道60というこの場所でまだ12時ちょい過ぎ。夕方が早い秋の午後、この心の余裕が大変助かる。つくづく風連ローソンのお陰だ。
普通谷間に入ると盆地で吹いていた風が弱まるのに、今日は向かい風が意外にも強い。そしてまだお昼だというのに、早くも陽差しが赤くなり始めている。広葉樹の森や道端の茂みがそこはかとなく、しかし明らかに夏より色付き始めている。
こういう風景を見ると、いつも早く宿に着きたくなってしまう。あまり焦らないようにと思いつつ、ダム堤への直登、ダム湖区間の森から牧草地の丘、秋まっただ中の山間を着々と脚を進めてゆく。
12:40、サンル大橋着。今回のしもかわ珊瑠湖(ダム湖の名前)は水量が多い。過去の訪問で一番多いかもしれない。橋の下から遠くの水面まで、なみなみと水が満ちている。
遠くの水面は、雲が日を隠している間はが濃い緑みたいな茶色みたいな色なのに、日が当たり始めると打って変わってほわんと、しかしすごく明るく白っぽく空を映し始める。その色の温度がとても低いように見えて仕方が無い。そしていつも夏に見られるように、何か浮世離れしたように非現実的な色でもある。
秋の陽差しの白い色が、この後とても早く進む秋の夕方を想像させる。後で暗くなって後悔しないように、淡々と足を進めねば。
12:55、サンル大橋発。
サンルダムの外周付け替え道として作られた幅が広い新道で、谷閧フ山裾を北上してゆく。道幅が広いと、道を囲む森の頭上が開けていて、谷間も広々と開放的な印象を受ける。頭を揺らす梢の緑が、日なたの中で鮮やかだ。しかし紅葉にはなっていなくても、確実に、夏とは違う色に変わっている。
少し道幅が狭くなる旧道区間では、周囲の森が道に近づき、木々の背も高い。頭上の空が少し狭くなっただけで路上には森が影を落とし、木漏れ日が斑に道を照らしている。
道道60に入ってから、雲は強い風に乗って空を飛んでゆき、次から次へとやってきた。風は森の木を揺らし、時々近くの森が全体でざーっと音を立て、木の葉が風に飛んでゆく。その度、谷間と森に「晴れだからって甘く見てんじゃねえぞ」と言われているような気がして、心細くなった。木立の中は明るいものの、それならそれで遠くにいるクマが見えそうな気がする。遠くの切り株をよくクマに間違えてしまうほどだ。
■サンル川の川原が近づく場所でも、熊が鮭など捕っていないか不安になる。車は時々2〜3台続けてやって来た。全体としては車は殆ど来ない道なのに、これはどういう現象なのかとも思う。まあしかし今のところ、こういう森に呑み込まれてしまいそうな道では、間違いなく心強い存在だ。
13時、14時と、陽差しはどんどん赤く低くなってゆく。つくづく、早めに脚を進めておいて良かった。
■幌内越峠を下って、上幌内のパーキングエリアに狐の親子がいないのを確認し、道道49の交差点へ。14:20、上幌内着。
松山峠への登りでも、やはり薄暗い森の中が、低い陽差しで斜めから明るく照らされている。路面も明るくなって、暗い森の中で木漏れ日が路上に斑を作り、その斑の中を松山峠へゆっくりゆっくり登ってゆく。曇りの早朝はあんなに暗く不気味な森のに、と夏の訪問を思い出す。まあ、茂みが高くて時々熊っぽい香りも漂ってちょっと不気味なのは今日も同じであり、秋だけに今日の方が状況としては怖ろしいとは思う。辺りが陽差しで明るくても。
速度は相変わらずのろのろだが、夏に比べて荷物が随分少ない。そして1ヶ月前に訪れたばかりなので、風景の順番と長さの間隔が頭に入っている。道北まっただ中の山中で少し巣案を感じつつ、進行はあくまで淡々と、落ちついて予定通りだ。訪れる度に山深い印象が増す道なので、こういう安心感の要因がすがりつきたいほど有り難い。明日も早め早めの安心進行にしたい。
15:05、松山峠着。仁宇布へ下ってゆく谷閧フ真っ正面に太陽が出ていて、眩しくて正面が見えない。時間はあるし、速度を抑えて気を付けて下ってゆく。
15:20、仁宇布着。まだ16時にもなっていないのに、既に真っ赤な陽差しに照らされた畑の中を、写真を撮り撮りファームイントントまでのんびり進んでゆく。朝からてきぱき進んだ印象がある一方、日が傾くのも夏に比べてかなり早いのは、秋ツーリングでいつも感じる要注意点だ。この直に着けて本当に良かったと思う。
15:45、ファームイントント着。夏の行程と比較しやすいサンル大橋以降の進行は、夏に比べて出発も到着も1時間早いだけだ。写真は夏より今回の方が多く撮っているものの、ほとんどは撮るのも仕舞うのも時間が掛からないGR3だし、そうなると意外に自分のペースは変わらないものだと思う。この時間に着けて良かったと思う。
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夕方のテラスはかなり肌寒い。朝の出発時に指が凍えた2019年秋を思い出す。明日の天気予報は午前中晴れ、お昼から曇りで、出発する分には全く問題無さそうだ。前回と同じコースを逆回りすると、道道120を通る時間が晴れの時間帯となり、目一杯青空の風景を楽しめる。万が一午後に曇りがにわか雨ぐらいに急変しても、美深から仁宇布ならどうにでもしやすい。デマンドバスは前日の予約が必要ではあるものの、もし予約している人がいて運転するなら、当日申し込みでも追加で乗せてもらえるかもしれない。都合が良く綺麗に収まった。
一方、明後日は朝から雨の予報に変わってしまった。どうせ朝の美深への下りは肌寒いし、凍りそうな指先を温め温め下っても、行程は仁宇布発美深終点の一択だ。もう早々に輪行を決めてしまった。旅の纏まりとしては悪くない。
この連休、ファームイントントは多くのお客さんで賑わっているようだ。一人で部屋を占拠してしまい、申し訳ないことだった。そのお客さん達とは夕食時にお話ができ、楽しい夕食となった。
記 2024/2/18
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