2017/5/5 四国Tour17#5
西川角→下長谷-3

西川角→替坂本→黒石 (以上#5-1)
→窪川→家地川→打井川
(以上#5-2)
→おんじ→檜の畝
(以下#5-4) →住次郎→中村
(以下#5-5) →来栖野→下長谷
 119km  ルートラボ

奥打井川 山間の細道を渡り歩く RICOH GR GR18.3mm1:2.8 打井川から檜の畝経由でおんじへ 赤は本日の経路

 引き続き南岸の細道の後、打井川で分岐して県道55で南側の内陸へ。

 四万十川の谷間から打って変わって、打井川の谷間はかなり狭く、常緑樹が南国らしく密に生い茂っている。

 内井川の分岐には、これから向かう県道55の二つの小さい峠の二つ目、四万十市・黒潮町界の四万十市側が全面通行止めで、平成29年6月まで工事期間であるとの表示が早々と出ていた。もしその通りだと、県道55からは予定コースの黒潮町には出られない。迂回コースとして県道367へ、住次郎からは国道439に合流してそのまま中村を目指すしかない。住次郎から中村は2011年に訪れていて、国道439の中でも徳島近郊と並んで国道439らしくない、やや裁けた風景が20km以上続くことがわかっている。
 その通行止め情報がこんな手前から出ている。たかだか看板風情がなかなかどうして人の気持ちを見透かすように、「通行止めなんですからね」と念を押しているような気がする。まあしかしこういう場合の常として、そしてリカバリーの可能性を考慮した今日の現実的な選択肢としても、そのまま行ってみるしかないのである。

 同じく内井川の分岐辺りから看板が出ていた「海洋堂かっぱ館」と「海洋堂ホビー館」は、このマイナーな県道55沿いの施設にしてはけっこう賑わっているように思えた。

 ホビー館に至っては路上に交通整理係までいた。その時はテーマパークみたいなものかと思っていたが、帰ってから調べてみると、海洋堂とはフィギュアの人気メーカーだとのこと。

 新築ジブリ系っぽい海洋堂かっぱ堂、続いて廃校リニューアルっぽい海洋堂ホビー館を過ぎると、県道55はぐっと細くなった。

 森が道に覆い被さり、狭い田んぼや畑が狭い道と一体の空間になる、細道県道らしい風景がやっと現れてくれた。

奥内井川 RICOH GRU GR18.3mm1:2.8
本当はこういう道をもっと一杯走るはずだった今日のコース RICOH GRU GR18.3mm1:2.8
奥打井川から檜の畝経由で住次郎へ 赤は本日の経路

 山間の集落、奥内井川で県道55は隣の谷間への峠越えへ向かう。内井川の谷間をそのまま遡る道は、県道367と名前が変わり、番号の上では県道55から分岐する形になっている。この奥内井川の分岐で、さっき看板が出ていた通行止めの実態が明らかになった。まず通行止め看板に写真が付いているのに驚いた。そしてその写真は、崩落土砂がつづら折れの2段に渡って完全に道を覆っているものだった。これなら歩いたって通れないという、全面通行止めだということが大変わかりやすい。場所もちゃんと描かれていた。それは四万十市と黒潮町の境界である峠部分の四万十市側、峠へ向かって道が谷底から離陸を始めるつづら折れ部分のようだ。工事期間はと言えば平成29年度6月末まで。黒潮町の海岸を通って中村に行きたかったが、今日は住次郎経由確定だ。ここまでやらないとこの道を訪れる人は納得しないのかもしれない。まあ、私も人のことは言えない。

 県道55は狭い田んぼの脇をぐいぐい登り、更に杉の森をぐいぐい登る。

 とはいえせいぜい標高差140m。峠というより海岸の丘陵らしい丘を越える越えだ。

小ぶりの谷間に小ぶりの田んぼ RICOH GRU GR18.3mm1:2.8

 房総半島でこういう峠をよく見かけるように思う。

 峠部分には鳥撃場という名前が付いている。正確に言えば、名前の付いている場所は峠というより峠の周辺ということのようだ。鳥撃場とは、誰かお偉いさんが鳥を撃ちに来たのだろうか。四国には何かと面白そうな場所が多いとまたもや思う。

 谷底の森が開け、下りきった集落の名前は平仮名で「おんじ」。

 斜面に作られた田んぼの土手の間を道はすり抜け、県道55と県道367の分岐に到着。

 

 分岐手前の田んぼで農作業をされていたおじさんから、この先の道について情報収集のヒアリングをしておく。結論を言えば、やはり県道55はもうしばらく全面通行止めになっているようだ、とのこと。
 しかし、少し先で分岐に出ていた看板は、ここまでの情報を覆すものだった。何と「本日通行止め解除」と書いてある。GWに間に合うように、あの崩落土砂を撤去したのだろうか。ならば行くしか無いだろう。後ろでおじさんが怪訝そうな顔をしているような気もするが、まあいい。

 先に進むと、すぐに崩落復旧工事の鋼矢板土留めが現れた。明らかに件の崩落通行止め箇所とは別の場所だ。通過してからふと、「ひょっとして通行解除ってこれのことか」と思った。そうかもしれない。

 まあ今はとにかく先へ進んでみよう。可能性が1%でもあればそれに懸けるのがデュエリストだとある人から聞いている。私はデュエリストではないが、今は1%の可能性に懸けてみたい。

 20分ぐらい進む間、いつの間にか次第に道の斜度は上がり、落ち枝や小落石が目立ち始めた。

 さすがになんだか雲行きが危ういと思い始めた檜の畝(これも地名)から、斜度がぐっと厳しくなり、すぐ写真通りの崩落が登場。

 まるっきり写真通り、道には全面的に、かつ盛大に崩落土砂が被っていた。今ここで写真の通りだと、この上にあるつづら折れのもう一段上でも通行不能なのは明らかだ。結局看板通り、崩落土砂はまだ全く撤去されていないのだった。そして「本日崩落通行止め解除」は、やはりさっきの場所だったのだと思われる。来年の6月一杯までには、この道は通行可能になるんだろうな、きっと。

記 2017/6/28

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Last Update 2017/7/27
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