九鬼港→(県道574)九鬼→(国道311他)賀田
(以上#4-1)
(以下#4-2)
→(国道311他)遊木町
(以上#4-2)
(以下#4-3)
→(国道311他)大泊→(国道42)南有馬
(以上#4-3)
(以下#4-4)
→(国道311)松の平→(県道52)札立峠
(以上#4-4)
(以下#4-5)
→(県道52)育生町長井→(県道40他)新大沼橋
(以上#4-5)
(以下#4-6)
→(国道169)七色ダム→(県道34・40他)上瀞橋
(以上#4-6)
(以下#4-7)
→(国道169)小松
(以上#4-7)
(以下#4-8)
→(市道他)小松
(以上#4-8)
(以下#4-9)
→(国道169)熊野川町宮井→(国道168他)上地
(以上#4-9)
(以下#4-10)
→(国道168)日足→(県道44)小口
134km ルートラボ
4時に目は覚めたものの、まだ暗いし朝食は6時の予定だ。隣の釣り客は、既にもぬけの殻だった。某人気映画など観ていても、釣り人という人々が、ツーリストなどよりはるかに物好きでマニアックだとつくづく思う。山奥の谷底や海岸の岸壁で、どうやって辿り着いたのかわからないような場所に、静かに釣り人を垂れている方を時々見かけるし。
今朝の私はといえば、2度寝という大変贅沢でありがたい行為が全く問題無く可能である。次に起きたのは5時。まだしばらく朝食まで時間がある。荷造りの後は玄関先に出て軽トラが往来する九鬼港を眺め回してみたり、部屋からひっそりした裏通りを見下ろしてみた。九鬼神社にも行こうと思えば行けないことは無いものの、朝食の後にすることにした。今日は行程上の絶景ポイント対策で、130kmと余裕がある。いや、毎回余裕を見たつもりで最後は余裕が無くなるのが紀伊半島の常だ。それでも九鬼神社ぐらいはいいだろう。
上空はまだ曇っているが、今日の天気予報は晴れ。山間に雲が溜まっているのだろう。順当にこの後7時過ぎぐらいから晴れ始めるパターンだと思われる。ならばそれまでにこちらも着々と時を進めよう。
6時の朝食には伊勢海老汁が付いた。6:30、はりまや旅館発。
はりまや旅館は九鬼港の一番奥にある。その九鬼港の一番奥で、もう一度九鬼港の海を見渡してみた。港でも山間でも、風景の中にさりげなく溶け込んでいる宿に泊まれることは、とても嬉しいことだ。湾を囲む山々は、新緑が大変明るく瑞々しい。海も青色というより濃い緑色であり、豊かな海であることを想像させてくれる。
空は未だ曇りだが、少しづつ明るくなっているようにも思われる。この後どんどん晴れるのだろう。
折角の九鬼水軍で有名な九鬼港なので、九鬼神社にお参りしてゆくことにした。本当は九鬼水軍縁の見所や遺構が、この九鬼港には山ほどあるのだろう。しかし私にはこんなもんが精一杯である。前回ここに訪れたのは、確か2009年。その後6年を経て、何回かのお正月東京初詣シリーズにより、私はすっかり神社好きになっている。
それでは今日の行程を開始。九鬼港に沿ってJR九鬼駅へ。
いかにも昭和30年代の国鉄構造物然として、そこはかとなくシンプルな九鬼駅の脇を過ぎ、国道311に合流して、すぐに登りへ。
熊野灘に面して複雑に入り組んだ海岸線は、海岸から切り立つ岩山で構成されている。この岩山が陸路交通を阻んでいて、入り江奥の漁港を結んでいる国鉄紀勢本線のこの辺りが開通したのは昭和40年代なのだ。この辺りの紀勢本線のコンクリート橋も、それっぽい駅舎も、そしてこれから熊野市街まで延々と続く海岸アップダウンも、そのことを嫌という程理解させてくれる。
道はと言えば昔から険しい岩山を越えてはいたようで、国道311にはところどころで熊野古道が合流し、再び分岐して山の中へ入ってゆく。
現在の国道311も部分的にトンネルや橋梁で拡幅されているが、現在の所しばらく拡幅は途絶えているようだ。今回九鬼から三木浦までは、通ったことが無い旧道らしい細道に足を向けてみた。まだ6時台だし。
道端の茂みはやや鬱蒼としているものの路面自体は大変小綺麗で、まだ十分実用になっている道だと思った。この九鬼・三木浦間については。途中新道のトンネルを見下ろす区間もあり、適度に静かで落ち着く回り道である。
半島を回り込んだ道は新道と合流。湖のように静かな内海と三木浦を見下ろしながら、湾奥の三木里へ急降下してゆく。
この先大泊で国道42に合流するまで、旧道があったり無かったりはするものの、しばらくこのパターンの繰り返しである。
三木里は、護岸擁壁のコンクリートがやや目立つ、比較的実用感の漂う小さな漁村だ。
しかし小さな漁村と外周を取り巻く新緑の山々、そして青い海はこよなく美しい。特に低く軒を連ねた漁村の家々が何とも静かな落ち着きのある佇まいで、所々に見かける飾り気の無い民宿には一度泊まってみたいと思わされた。きっと美味しい地魚が食べられることだろう。
湾を回り込み、国道331は少し高度を上げ始める。今回ってきた三木浦の、軒が低い民家が並ぶ漁村の眺めが何とも愛おしい。
次は古江へ。半島越えというより湾内海岸線の凸部で道が波打ち際からやや高度を上げる、という程度の登りであり、湾内位置も先へ進み、さっき上を通った三木浦なども対岸に見下ろせるようになる。
相変わらず熊野古道が付かず離れずで並行しているようで、山の中から現れて再び山の中へ戻ってゆく。
古江へ向かう途中から、そろそろ晴れ始めていた。天気予報だと1日晴れのはず、これから楽しみにしていた新鹿を訪れるにあたって、大変に都合がいい。
古江で道は海岸沿いに降りて、湾奥の賀田までそのまましばらく海岸際を通り抜けてゆく。
道の表情は落ち着いているが、やや大きな漁村だけあり、静かな海面に並んだ船やコンクリート造の冷蔵倉庫に、賑わいを感じさせる。
8:10、賀田着。今日の国道311熊野灘区間では最大級の漁港だ。漁村以上町並み未満という程度の家並みには古江と同じく静かな賑わいが感じられ、日差しに照らされた山々の明るい緑、青空とともに、何だか楽しくなってくる。今日訪れて良かったと思える訪問になっている。
賀田の町中で国道311から県道70が分岐し、山の中の国道42へ向かってゆく。県道70は単純に山中で国道42に合流するだけの道であり、この辺りの道としてはそれなりに交通量は多い。多分賀田、古江や周辺漁村から尾鷲、熊野市への物流を担っているのだろう。私的には多分余程何かの必要に迫られない限り、まず通らないと思われる道だ。しかしこの分岐があるためか、ところどころで道幅が狭く線形も屈曲している国道311を通る車は、ほぼ皆無となっている。
湾の先の曽根町から、国道311は早くも新道区間に変わって登り返しとなる。ここは旧道とはかなり無関係な大作りな線形のコースで、地形図上でも複雑な地形と全く無関係な線が異彩を放っている。その線を思い出しながら、トンネルと橋で地形を全く物ともせずに大きなカーブを描き、道は一気に山の中へと登ってゆく。
海岸から登り始める最初のトンネルの手前で、半島先端に近い海岸沿いの梶賀町を経由するやや短い旧道が分岐しているが、賀田町で少し休憩したのと梶賀町廻りでもどうせ岬部分が長めの新道っぽいトンネル経由なので、なんとなくそのまま新道へ向かってしまった。
梶賀町回りで行けば良かったかなと思いながら、新道の登り基調のトンネルを抜けたところで合流してくる急坂を見たら、あっちの道じゃなくて良かったかもしれない、とも思った。
新道トンネル後、須野町を見下ろす辺りで、道は突如拡幅済みから1車線の細道になる。拡幅区間の各構造物もそう新しくはない。ツーリスト的には細道の方が走りやすいものの、山中でぶつ切りになったままの拡幅区間が、もう長い間放置されているのが興味深い。
岬へ続く尾根に張り付いて、半島を回り込む。ところどころで熊野灘の真っ青な外海や、険しく切り立つ岸壁が見え始めた。こういう地形にこういう道は宿命なのだ。
湾内へ入ると、道は海面へ急降下するように下ってゆく。海岸近くで再び道幅が狭くなると、対岸の漁村が近づいてきた。国道311熊野灘区間のハイライトの一つ、甫母町だ。
8:50、甫母町着。
集落手前から道端に立つ、大型車通行不可の標識が有名だ。通行不可能箇所は湾の奥、集落まっただ中。防波堤と沿岸施設コンクリート構造物(?)が急カーブを挟んでいて、大型車が曲がれる隙間が無いのである。
この最も狭い場所以外に、そもそも漁村区間が全面的に防波堤のすぐ裏側を通っていて、かなり道が狭い。この区間を拡幅するとしたら、集落の上の山中にでも、まるまる迂回路を作らなければならない。
他の漁村よりやや密度が高い集落の向こう側から、道は再び山中へ登り始める。
次は二木島だ。さすがに大型車通行禁止区間に隣接する道だけあって、かなり国道離れした細道が続く。
ちょっとしたアップダウンの終盤で、新道が山中へと分岐していった。こちらは未済経路の二木島へ。
新道が設けられているだけあり、二木島では甫母町のような細道が海岸沿いの防波堤の中に続いていた。
切り立った山裾の海岸沿いに細道と共に張り付く漁村は、程良く寂れて落ち着いた表情が何とも静かで、それでいて細道の空間感覚故か生活感一杯だ。青い空、緑の山、静かな海、風薫る漁村の雰囲気にうきうきする。これで国道なのだから、国道もなかなか捨てたものではない。
道は湾の一番奥から更に先へ進み、さっき分岐した新道へ登り返す。その坂があまりに唐突に始まって、しかも急なので、こんなことなら新道へ行くんだったなどと思うのも大変現金だ。しかしまあ、小さい漁村の風景はこよなく楽しかったし、未済経路を訪問できたことにもなった。
新道に再び合流。トンネル含みの新道とは言え、道はかなり枯れた雰囲気だ。
トンネル迂回のちょっとした旧道へ。悪あがきのような迂回のつもりだったが、遊木町の漁港と集落、そしてエメラルドグリーンの湾を見下ろす眺めが待っていてくれた。
いよいよ次は新鹿だ。今日の海岸区間で一番楽しみなあの素晴らしい砂浜を前に、空の雲は完全に消えつつある。考え得る最高の展開である。
真っ青な海を見下ろし、明るい緑の中を道は海岸へと下ってゆく。
新鹿の手前に、湾と砂浜を一望する場所がある。私的には新鹿というより新鹿手前のこの場所が、見所多いこの国道311海岸沿い区間中、2つめのハイライトだ。今日の雲一つない青空で、エメラルドグリーンの澄んだ海、新緑の山に真っ白い砂浜が、ますます鮮やかだ。実はPCのデスクトップでもよく眺めている。同じ風景なのだが、いや、今日は間違い無く過去最高級だ。1回目は晴れだったが2回目はあまり冴えない曇りだったのだ。なかなか狙って見ることができるものではない風景に、紀伊半島に来て良かったという気持ちで一杯になる。しばし脚を停めても、私的名所は道端で日向だという以外に何も無い。だが、それがいい。
9:50、新鹿着。
昨日紀勢本線から眺めた「日本で一番美しい海水浴場」の看板を思い出した。砂浜があれだけ美しいと、そのキャッチフレーズも納得だ。町並みもここまでの漁村と違い、落ち着いた生活感の中に宿の看板をよく見かける。
10時を前に、今日もすっかり暑くなり始めていた。海岸沿いの公園広場で少し休憩とする。
町外れからまたもや半島越えの登りへ。もうこの後は、熊野市手前の大泊まで湾に降りることは無い。
流石に新鹿、熊野市から近いためか、国道311の道幅が甫母町とか三木里辺りよりはやや裁けているせいもあるのか、車が心なしか新鹿手前までより増え始めている。
波田須では、道が湾沿いの集落の上方を回り込む。海を見下ろすと、相変わらず真っ青な熊野灘と荒々しく切り立った岸壁が続いているが、ここまでの道と決定的に違うのは、こちらの道側にもちょっとした集落が続くことだ。
新鹿から大泊はやや細目の片側1車線国道。今回は少しだけ上手に新道に切り替わっている場所もみられた。そういえば前回、2000年代後半だったか、どこかで工事が始まっていたような気もする。ここまで細道の国道311を虫食いのように拡幅区間が作られ、しかしそのどこももう作られて20年ぐらいは経つような構造物ばかりだったが、あながち拡幅が全く途絶えている、というわけでもないのかもしれない。
しかしまだ多くの区間は以前のまま残っている。特にトンネルの大吹峠はボトルネックになるため、まだ当分交通量は変わらないかもしれない。
道が回り込んで湾内が見え始め、下り始める。もういよいよ国道311の海岸区間も時間の問題、湾奥の国道42に続く車の列が見え始めてきた。ここまでの静かな道が大変名残惜しい。
熊野市すぐ手前の大泊は、風景もやはりそれなりに裁けた雰囲気だ。国道42に合流すると、すぐに熊野市との間に小山が立ちはだかる。たとえ短いトンネルでも国道42は避けたいが、幸い国道脇には旧道らしき歩行者自転車専用トンネルがある。
かつてはこの小さいトンネルだけが通っていたのか、と思いつつトンネルを抜けると、10:40、木本町に到着。軒が低い昔ながらの町中へ、着陸するように下ってゆく。この町の駅の名前は熊野市で、町全体としてもそちらの方が通りはいい。古い地図を見ると、やや大きな文字で町の上に木本町と書いてある。この辺りにその地名が残っているだろう。
朝6時台に九鬼港を出て、もうお昼前に差し掛かろうという時間だ。一応これでも見込み通りである。風景眺めすぎで遅くなったものの、改めて今日の絶景連続を前にすると、かなり余裕を見込んだ計画で良かったとつくづく思う。
熊野市通過はもう悪あがきせずに国道42へ。路上はGWの人出で渋滞しているものの、自転車なら熊野市街の通過にはこれが一番手っ取り早い。それに獅子岩と浜辺の鯉幟も見ることができる。
そのまま市街地の反対側までしばし息を止めるように国道42の喧噪に耐え、
10:50、南有馬で国道311が分岐するのと共に内陸へ。
道の名前は全く同じなれど、ついさっきまでの海岸区間と打って変わって、国道311の熊野市郊外内陸区間はすっかり普通の国道然として車がびゅんと行き過ぎる。もう日差しが真上からじりじり暑く、海岸と内陸の境界部分、少々のアップダウンにうんざりする。
松の平からは県道52へ。細道が再開、熊野市北側の山々を越える札立峠への登り開始だ。
分岐した道が集落の中で曲がると共に、早くもいきなり斜度が10%以上にがつんと上がった。
面白いようにぐんぐん高度が上がって、集落から畑へ、青少年体験宿泊施設(?)を杉、森の中へ突入する頃にはもうすっかり平地を見渡すほどに。
道は切り立った斜面に張り付いていて、特に谷間沿いでもないのに、しばしば小さな沢を横切っていて、森の中にカワトンボが飛び交っている。カワトンボは初夏から夏にかけて、茶色い羽でひらひら飛んでいるのが印象的な渓谷のトンボだ。一昨日から見ていると、紀伊半島では透明な羽の個体が多いように思われる。
道は相変わらずぐんぐん高度を上げていた。しかし森の中に入って、取付の里区間より多少緩急が現れ始めた気がする。それに木陰が連続するのと、沢の箇所で一瞬冷気が感じられてとても助かっている。時々切り立った斜面の木立が切れて下界から熊野灘まで一気に展望が拡がり、見事な景色に所々で脚が停まってしまうのも有り難い。まあそれぐらい日差しは高く登って暑くなっていた。
中盤以降、展望は途切れて、森の中を道は粛々と登ってゆく。
道幅も多少拡がる区間が増えてきた。まあでも標高が上がってきて、木立の涼しさが有り難い。
標高400m超、終盤で稜線近くに取り付いても、斜度の傾向は余り変わらない。平地から切り立つ山を一気に高度を上げる峠と言える。
峠を越える旧道への分岐は見逃してしまい、気が付くとトンネル方面へ進んでしまっていたようだった。地図を眺めてこの先カーブを曲がったらすぐトンネルだ、と思いつつ、峠手前の大展望をもう一度眺めて立ち止まる。
12:05、札立トンネル着。大塔の山奥には板立峠というかなり急な峠があった。何気無く足を向けて、あまりの急斜面に、その名も「板を立てる」とはもっと早く気付くべきだったなどと思ったものだった。この峠も札立峠、今「もっと早く気付くべきだった」と思っている自分がいる。もしかしたらこの辺りには全て激坂の「○立峠」シリーズが他にもあるのかもしれない、等とも思った。
平地から突如山肌が切り立つ熊野市側とは打って変わって、道の向こうは山の狭間へ飛び込んでゆく。
深い森にはトンネルの向こう側で感じられた空に面するような雰囲気が全く感じられないほど、濃厚な森だ。
途中赤倉の集落を過ぎ、谷底に降りた道は、渓谷沿いの緑の森にくねくね続く。
緑色の木漏れ日の中、下っても下って森は終わらない。あまりに延々と森が続くのでGPSを見てみるが、道の形を照合する地図の位置はあまり進んでいない。
途中風景が開けて、あまりに切り立つ周囲の山々に驚いて脚を停める。もの凄い渓谷に道が通っているのだと思った。
狭い谷底の森、細道でスピード感はあるのに、くねくねカーブと苔生した路面のせいでスピードを抑え気味なのだ。そうだった、紀伊半島の山奥の道にはこれに気を付けないといけないんだった。
突如というよりも、地図を眺めてまだかまだか、もうそろそろなのにと思っていると、遂に辺りが開けた。育生町尾川到着である。ようやく人里に戻って来たのだ。
札立峠、がっつりストレートないい峠だった。山まっただ中なのに道が少ないのと名前の付いた峠が少ない紀伊半島東側にあって、間違い無く正統派名峠だと思う。
田んぼの間から農家の脇、石垣、万屋、周囲の山々。田んぼは水が張られたばかりで、あちこちで田植え作業が行われていた。蛙けろけろが辺りに響き渡っている。
もうすっかり紀伊半島の山間らしい、小綺麗で可愛らしささえ感じさせる、のんびりした農村風景が続いていた。
尾川川を渡り、集落の中を道は育生町長井へと推移。
集落の中で県道40に合流、やや道幅が拡がり、更に谷間を育生町大井へ下ってゆく。
13:00、新大沼橋着。
紀伊半島東部内陸の主とも言うべき北山川に着けた。海岸沿いの絶景コースと山間渓谷の絶景コースを強引に峠一発でくっつけた今日のコースも、いよいよ後半に突入だ。想定到着時刻の早い方よりやや早めの到着なのも嬉しい。時間ができたので、宿の方向とは全く逆の上流方向、余裕があれば行こうと思っていた七色ダムまで行ってみよう。余裕がある行程のお陰で、何だか得した気分になれている。
北山川のこの辺りには、両岸ともに道がずっと通っている。今日はまずは北岸の国道169へ。
紀伊半島東部内陸の奥深く、低山の山間の谷間に続く北山川。山間一杯に悠然とした川幅の実態はダムの断続だ。昨日の予定コースの国道425も、後半区間の多くが北山川のダム湖沿いだった。
北山川周辺には、和歌山県、奈良県、三重県が入り乱れている。特に和歌山県東牟婁郡北山村は村全体が和歌山県の飛び地となっていて、国道168沿いの至る所に「飛び地の村」という案内板が掲示されている。和歌山県東牟婁郡北山村のすぐ北側は、。奈良県には他にも吉野郡上北山村がある。そしてこの北山川を境として、南側はもう三重県熊野市になってしまう。
奈良県吉野郡下北山村は、昨日1日運休にしていなかったら、国道425で通っていたはずの場所だ。和歌山県東牟婁郡北山村の標識が現れる度、「下」の付いた北山村にも行ってみたかったな、と思ってしまう。
もちろん北山川沿いの風景は、静かな集落や川岸から立ち上がる紀伊半島らしい丸い低山、川岸に続く岩場の風景、いつも驚かされる透明度の高さなど、とても個性的で静かで見所一杯だ。まあそれほど北山川は紀伊半島まっただ中の主要アイテムであり、今日は今日で目の前の風景を目一杯楽しめばいいだけである。
13:30、七色ダム到着。ダム堤上には国道168が通っていて、国道168は南岸に渡っている。ここから上流の七色貯水池では岸辺に道が1本しか無くなっている。
こちらも南岸に渡り、県道34で南岸を再び新大沼橋へと折り返す。
北岸の国道168もところどころで細道が残っていたが、南岸のこちらは国道と県道の差ぐらいに全区間細道が続き、沿道風景もそのぐらいにさらにのんびりする。
ところどころで川面の風景が拡がったり、木漏れ日の木立が続いたり。
★、等集落も登場。全
こういう道に時々あるような嫌らしいアップダウン等全く無く、全体的にこちらは日影となっているせいもあり、のんびりと穏やかで快適な帰路だった。
最後にさっき札立峠や育生町長井から下ってきた県道40と合流。
新大沼橋からさっき眺めたばかりの渓谷の風景を眺め、往復★20kmの寄り道が終了。そのまま南岸の県道40をしばし西へ。北岸の国道168は以前何度か通ったことがあり、こちらは未済経路なのだ。
さっき通った岩場の見事な七色ダム下手辺りと違い、この辺は★小森ダムの貯水池域となっていて、北山川の川幅は極端に拡がっている。ところどころでその湖状態の北山川と、対岸の集落を見渡すことができる。
今日の天気で風景は明るく、より開放的に見えた。何となく今日も向こうの道を通ってみたかった気にもなるが、県道40の魅力的な風景にもうきうきする。
行き止まりの★へと登ってゆく県道40を見送り、こちらは上瀞橋を渡って北岸の国道169へ。こんな所に橋があったかどうか覚えていなかったこの上瀞橋、確かに細く長い吊り橋が架かっていた。たぷんたぷんの水面に囲の山々を眺めながら渡るグレーチング。今日のオプションコースだった七色ダムへの往復のエンドロールとして、北山川の神様からのご褒美のように印象的なラストシーンである。
北岸には確か以前の訪問で写真を撮り、PCのデスクトップで時々眺めている北山川を見渡す道沿いポイントがあった。前回は確かGRD初代で写真を撮ったはず。今回持ってきている、段違いに画質のいいGRでも写真を撮っておかねばならない。少し遡ってそっちにも立ち寄ってから、いよいよ国道169の予定コース開始である。
14:20、道の駅「★おくとろ」着。この先小松から下った国道311沿いに、役場とコンビニのある町があった。まだ腹は減っていなかったが、折角の道の駅で勿体無かったので、パンぐらいは食べておくことにした。正直パンのかけらを頑張って水で押し込んだような補給だった。しかし実際には、この後不可抗力のコース変更が発生し、結局宿終着まで商店には寄れなかった。最後まで何とか空腹に耐えられたのはここで補給しておいたからであり、知っていたつもりだった、食べられるところで食べておかないと後で泣きを見る紀伊半島の要注意点を、改めて思い知らされた出来事だった。
道の駅から先、北山川の谷間は急に狭くなる。それまでも川の部分からすぐに山が始まっていたのだが、山の形が丸だったのが険しく切り立ち始めるのだ。川幅も拡がり始めてダム湖に完全に移行する。つまり、風景全体ががらっと急に山深くなるのだ。
道幅もぐっと細くなり、道の駅手前の比較的幅広めの片側1車線とは道の性格自体が変わってしまったようだ。ただ、交通量自体はこちらがボトルネックになっているせいか、あまり変わらない。むしろ行き違いが難しいためか、何台か車がまとまってやって来る。
狭くなった道を包むような木漏れ日に、こちらも緑に染まってしまいそうだ。森や湖面からの風も、とても涼しく快適だ。
★隧道の向こう、ダム湖が終わってからは瀞峡渓谷区間。ここのどういうわけか山深い雰囲気は、他に類を見ない。
紀伊半島の私的ハイライトであり、この場所でこの風景を眺めたいために
渓谷が見えやすい場所は少ない。切り立つ山肌に張り付く国道169には、道幅同様国道という印象からはかけ離れた斜度のアップダウンが現れる。
その区間も大変に短い。唐突に曲がり角の向こうで細道は終わり、そしてその先にいきなり拡幅済み区間が現れる。目の前から始まる、深い谷間を飛び越える橋の向こうに、もうトンネルの入口が見えている。地図で見る国道169は、この先橋と長大トンネルで、ワープするように瀞峡を通過してしまうのだ。
もちろんこちらにはまだネタが続くようにコースが組んである。国道169を離れて、谷底へ向かうのだ。
国道169とは反対側に、小松の集落へ降りてゆく道がある。以前★2007年に一度訪れた道の再訪になるが、瀞峡訪問の〆として、こちらへ向かわなければならない。
細道をどんどん下ってゆくと、木材出荷場らしい作業場の脇にトンネルがある。岩山の反対側は、曲がりくねる渓谷の上流側。中を覗くとまあそれなり程度の長さだし、特に登りも下りも無くてれてれっと抜けられそうだ。確か前回もここで不思議なトンネルを眺めた記憶がある。今回は2回目で、この先のコースボリュームも当たりが付いているし、まだ時間はある。向こう側に行ってみよう。
トンネルの先は、道上の寄り付きの前、単に谷底に北山川が流れていた。誰もいない。建物も何も無い。さっきまで眺めていた山深い雰囲気と同じ、いや、道も無くダムも無く、さっき以上に山深いはずの場所なのに、目の前の北山川はあっけないほど普通の川だ。流れの音、鳥やカジカの声が響くだけ。明るい午後の日差しに照らされた谷底に、車が1台やってきて、私と同じような物好きが少し川を眺めて帰って行った。
トンネルのこちら側では、作業場でフォークが動き始めていた。連休中働いている人もいるのだ。こちらも先へ進もう。
細道の先、岩の向こうの道端に立つコンクリート柱を見て驚いた。掛かっているはずの吊り橋が無くなっているではないか。渡ろうと思っていた吊り橋が無いのだった。そんな馬鹿な、とはいえもともと掛かっているのが不思議なほどもの凄い谷底の吊り橋だった。渡った先も軽自動車ぐらいしか通れそうな道だったし、前回通ったのは★11年前。橋がなくなっていても何も不思議ではない。
仕方無い、この谷を抜けるには引き返して、さっき半ば冷ややかに眺めた国道169のトンネル区間を突破するしかない。そして国道169から当初のコースに戻るにはやや遠回りとなるので、この後の行程自由度が一気に無くなったことになる。
15:25、小松着。道はこの先で行き止まりなので、一応最後まで行ってみることにする。
集落最後の民家の先、地図で読める場所通りに、唐突に道は終わっていた。まあ当然のように、何があるわけではない道の終わりだった。
帰り道、小松の集落で家の前に出ていた方に、吊り橋の経緯を尋ねてみた。紀伊半島全域に被害が出た平成21年の台風で、この小松橋も落ちてしまい、その後未だに復旧されていないそうだ。復旧の予定は無いとも仰っていた。しかし、復旧しないというわけでもないらしい。
あの印象的な小松橋を、再び渡れる日が来ることを期待しつつ、今のところはとにかく前に進むしかない。
通るはずだった吊り橋を見上げ、これから先のトンネル連続区間を想像しながら北山川の瀬音、渓谷に響く鳥やカジカの声を耳に刻み、午後の日差しで眩しい激坂へ。たかだか80mの登りが、何とも億劫だ。
ついさっきまで、まさかここに戻るとは思わなかった国道169分岐に到着。さあ、あとはしばらくトンネル連続区間だ。
国道169のこの区間を走るのは始めてだし、まさかその日が来るとは全く思っていなかった。しかし以前から、山間をくねくね地形に沿って続く細道から、唐突に地形と全く関係なさそうな単純な線形の太い道とトンネルが、山間を貫いている、いや、描かれているのを地図で見てはいた。地形と無関係な線形は、道自体に非現実的な印象すらあった。
実際の道は地図の通りだった。非現実的な印象はまあ別として、かなり険しい山間を、トンネル、橋梁、掘割でダイナミックにばんばん抜けてゆく。
道幅が広くても、道全体としてまだまだ残っている細道区間がボトルネックになっているためか、立派な道にしちゃ交通量はとても少ない。余程風景を知っている人じゃないと、車は寄りつかない道なのかもしれない。
想像できなかったこの道の風景も、訪れてみると確かに実際の風景だったことがよくわかった。途中には何と山中、というより山上の集落も登場。もの凄い山奥の集落である。宿らしき建物もあったようだが、その実態は定かではない。次の機会には、あちらも訪れてみたい。山間の単純往復になってしまうが。
最後は一番、しかもダントツで長いトンネルの後、唐突に谷間の森に放り出され、道は細道に合流。国道169の瀞峡区間が終わり、旧道に戻って来たのだった。そういえばさっき、最後のトンネル入口で、この旧道のもう少し上手で合流する別の道が分岐していた。その時はとにかく少しの登りも億劫で、「あ、今ここね。こっちは登りね」ぐらいにしか思っていなかったが、無事旧道に合流できた今となっては、あちらに向かっても良かったかも知れない、などと思った。自分でも現金だなあ、と思う。
山肌の木漏れ日の中を下りきり、谷底で拡がった川原の上空には、高く長い橋が架けられていた。明らかに国道新道を工事中なのだった。あの山中から更にばんばん新道が通るのだろう。
すぐに渡った小橋の、銀色塗装には記憶があった。★2004年だったか、2度目の紀伊半島で確かに通っている。ということは、上手の旧道も確かにその時通っているのだ。
その先の登り返し峠も思い出した。もう10年以上前の夕方、吉野方面からずっと走ってきて、しんどかったことしか記憶に残っていない。
登り返しの峠は標高差200m強。何となく勢いで越えてしまえたような記憶とは裏腹に、かなり応える長い坂ではあった。しかし交通量がかなり少く大変静かな、国道らしからぬ雰囲気の細道は楽しくもあった。ただやはり、坂を登る途中、新道開通後は楽になるのだ、とも思った。
途中、和歌山県新宮市から奈良県吉野郡十津川村を経由。
やはり紀伊半島まっただ中の道なのである。
16:40、上地着。熊野市の町外れから内陸を抜けてきた国道311と合流する。当初の予定コースにも、ここで復帰することになる。時間的には許容範囲内。
国道311も午前中の海岸区間、熊野市から★への内陸部はやや普通の地方国道、そして北山川沿いに出ると再び急峻な細道が続いていた。静かな谷間に続くいい道だったが、忘れられないあの細道も遂に拡幅中なのだった。
宿まではもう20km弱。もう後はまとまった登りは無い。てれてれ進めばいいだけだ。
行政区分も再び和歌山県新宮市へ。宿までずっとこのまま新宮市だ。今日の旅もいよいよ最終区間に入りつつあるのだ。
もうほとんど拡幅済みのこの辺りだったが、時々トンネルができていて、その部分は川岸に沿って10年以上前の面影を残す細道が残されていた。
瀞峡で見かけたボートの船着き場も登場。こんなところから遡っていくのである。
国道168合流手前の宮井大橋も、新しい橋を工事中だった。この道が瀞峡まで全区間開通する日はそう遠くないのだろう。
16:55、熊野川町宮井着。
17:10、日足着。
正真正銘の今日の最終区間、県道44へ。広い道だが静かな谷間を追い風の経済走行でもうのんびり進んでゆく。
見所一杯のコースが終日晴れで楽しめた。近年中、ベストの1日だったかもしれない。
17:30、「小口自然の家」着。
とにかく晴れまくって、行く先々が絶景の宝庫だった。写真を撮りまくったと思って枚数をチェックしたら、何と1000枚近く撮っていた。ちょうど電池残りがそろそろ1/3になってはらはらしていたところだった。
小口は日足から続く谷間が急に狭くなる、谷間最後の集落だ。明日向かう県道45、そして和田川松根スーパー林道こと県道★、2つの山奥系の道と谷間がここで合流している。両方の道とも過去の訪問で何度か訪れていて、その度にキャンプ場らしい施設があるのは知ってはいた。ここに宿があると知っていたら、過去もっといい経路を通れたかもしれない。
初めての「小口自然の家」は、とてもいい感じの公営の宿だ。多くの人が来るとは思えない山間の宿ではあるものの、今日はお客さんが一杯。中高年の方が多く、更にその多くは熊野歩道を訪ねてやって来る方が多いようだ。ならばこの宿にやって来る方も、多くはないがあまり途切れないのかもしれない。
明日は必殺の細道県道45・44、お昼前頃紀伊勝浦終着で、天気は晴れの予報だ。県道45は前回★2009年の訪問時、登り始めの★でチェーン切れ撤退となってしまった。今日はその麓に宿を取り、万全のリベンジ体制を取っている。滞りなく脚を進め、再訪を果たしたい。、
記 2016/6/5