開陽→(町道北19)武佐→(道道775)東武佐→(農道)俵橋
→(道道994)中春別→(農道)別海温泉
(以上#3-1)
→(新酪農道)奥行→(道道930)上風連
→(道道121・813)奥別寒辺牛
(以上#3-2)
→(道道813)東円朱別→(道道928)上風連
→(農道・町道)西春別
(以上#3-3)
→(道道957)上多和原野→(道道13)萩野
→(農道・町道)虹別→(道道885)養老牛
(以上#3-4)
→(道道150他)俣落→(町道北19他)開陽台
→(町道北19他)開陽
202km
RIDE WITH GPS
東に進むにつれ、霧はどんどん濃くなってきた。毎日続くこの天気は、やはり温暖化の影響かもしれない。その前、1990年代前半の中標津も、確かこんな天気が多かった。そして私的には、夏の北海道で冴えない空模様は、その年々前半の「エルニーニョ現象」という言葉とのセットだ。今年も去年もエルニーニョ現象の年である。その言葉を天気予報に聞いた4月の段階で、道東のこういう天気もある程度予測はしていた。
ただ、霧で風景が薄れても、山裾に拡がる牧草地と防風林を眺めると、この道を走っている喜びを感じられるのも確かである。
旭新養老牛から北進へ進むと、霧がいよいよ地上に降りてきて、視界2〜300mぐらい向こうが霞み始めた。
そして15:55、俣落に降りてくると、まだ路面までは濡れていないもののもうすぐ向こうの防風林が霞んでいる。開陽台方面は雲の中だ。202kmコースとしては、もう俣落から直接民宿地平線へ帰ってしまってもいいことになっている。しかし、今日は折角泉川の正規ルートを経由した。そして民宿地平線へ直行するには、時間の余裕がありすぎる。開陽台にも行っておくべきだ。
町道北19から分岐した開陽台への登り途中で遂に路面が濡れ始め、ほぼ同時に空気中で極限まで上がった湿度は水滴となった。結局今年も最後は雨だったということになる。
こういうはっきりしない天気が、夏の根釧台地でごく普通であり、かといって晴れたらいきなり毎日30℃以上である。北海道は何だかずいぶん走りにくい場所になってしまったと思った。
16:20、開陽台着。雨の便所軒下に自転車を停め、雨に霞む展望台へ。風景はもちろん霧の中。まあこんな感じだろうという想像の範囲内である。となればノルマ消化に移行だ。展望台のカフェ・開陽台でゴーダチーズローストビーフドッグ\580×2個と開陽台ソフトを瞬殺。自分でも面白いぐらいに何でもすいすいがつがつ腹の中に入ってしまう。あまり空腹は感じていなかったものの、やはり200km近く走るとそれなりに腹は減っているのだった。
再び降りてきた雨の駐車場は厚い雲で何だか薄暗く、そして雨の開陽台を訪れる人はしばし途切れていて、泊まっている数台の車以外に人は誰もいない。あと少しの202km完走にはやや寂しいフィナーレだ。思えば今日1日こんな道ばかりだった。これはこれで象徴的な終盤の風景だろう。雨の100m下りに気を付け、無事に地平線に帰ろう。
16:55、民宿地平線着。メーターはちょうど202km、やはりコースタイトルは正しかったのだった。
地平線にも早めに着けた。あとは食前に温泉に連れて行ってもらえば、食後にすぐ寝ることができて、9時間睡眠で明日も完全復活だ。さあ、粛々と物事を進めねば。
と思ってはいたのだが、民宿地平線のせいではない諸般の事情が眼前に立ちふさがった。詳しくは書きづらい、諸般の事情から更に諸般の事情が発生し、温泉終了は20時過ぎ、就寝は21時半に。衝撃の睡眠時間6時間半の危機である。朝あんなに毎日9時間睡眠で行くと決めたばかりなのに。人生うまくいかないものだ。しかも明日は津別峠である。
記 2015/11/7
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