海岸町→(道道87)相泊温泉→(道道87)海岸町
(以上#4-1)
→(道道87)羅臼→(国道335)薫別
(以下#4-3)
→(道道1145)北標津→(国道244)西北標津
(以下#4-4)
→(道道975)武佐→(町道北19)開陽
107km
8:50、海岸町おじろや発。
9:05、道の駅知床らうす着。
昨日の残りのお土産分を、各方面に集中的に送るチャンスである。目指すはもちろん舟木水産。お店には、確かに見覚えのあるおじさんが、臨戦態勢で干物やらカニやらの店開きの奥に立っていた。このおじさんが羅臼高校甲子園出場時のメンバーだったとのことで、96年の民宿甲子園に入場行進〜試合の写真が飾ってあったのを覚えている。
しかし結論から言えば、とりあえず隣の阿部商店でお土産を送ることになったのだった。阿部商店で何が悪いかというと、全く何も悪いことは無い。私が元民宿甲子園の舟木商店に拘っているだけである。
次は遅い朝食だ。何となく食堂の文字が見え、その方向に歩いて行くと、2階の食堂「しれたこ」に到着。微妙に食堂の営業時間前だったようだが、気の良いおばさんが厨房の奥から「いいですよ〜何でもできます」とのこと。お言葉に甘えてホッケ定食を注文、これが昨夜同様、もう脂ぼとぼとで全然ホッケ臭くない、内地のホッケとはかなりイメージが異なる最高に美味しい白身魚だった。身は柔らか上品でいて、口先から背骨、尾びれはぱりぱりで香ばしく、自分でもあきれるぐらい丸々完食できてしまった。
ホッケがあまりに美味しかったので、本来他の場所でおみやげを送るはずだった某方面へも、もうここでお土産ノルマを完遂してしまうことにした。ならば、舟木商店最後のチャンスである。
というわけで、最後に舟木商店でお買い物ができたのだった。
ついでに民宿甲子園以後の話をお店の方に伺うと、件のおじさん、すなわち舟木社長が自ら直々に「民宿はもうやっていないが、代わりに羅臼町外れ国道脇の食堂「純の番屋」がなんと舟木商店関連の経営である」旨説明して下さった。
えっ、あの「純の番屋」。「北の国から」で羅臼に流れ着いた純が住んでいた番屋を模した、羅臼の町程近く、国道335沿いに建つ「純の番屋」が舟木商店関連のお店だったとは。そういえば舟木社長、元甲子園児だけあって、館ひろし混じりの岩城滉一(=北の国からの草太兄ちゃん)似の伊達男である。純も羅臼で、きっと草太兄ちゃんと再会した気分になったのかもしれない。等と想像してしまう。
というわけで、いつも脇を通過する度気になっていた民宿甲子園だったが、それが一気に解決し、嬉しい再会(一方的再会ではあるが)と新たな収穫があった。知床峠は断念したが、いや、知床峠をやめたことで、結果的にいい羅臼訪問になったのだった。
しかしそれにしても、お土産を送って食事をして1時間半。ちょっと時間を掛けすぎたかもしれない。
10:35、道の駅知床らうす発。
知床峠で向こう側に行って清里峠で中標津へ戻ってくる予定だったのが、両方ともキャンセル、これからの行程はかなりの下方修正になる。しかも細長く険しい知床半島、長手方向の道は基本的に海岸際の1本しかない。というわけで、知床半島の付け根近くまで、昨日の道を逆走しなければならない。
昨日通ったばかりの道は、しかも100mぐらい向こうから行く手が霞むぐらいの霧の中。
ある程度景色の予想が付き、遠景が見えにくいので風景には奥行きというものが無い。
更に春日町まで海岸沿い、霧の中から現れて去って行く景色には変わり映えも無い。だめ押しでやや強めの向かい風で、なかなか前に進まない。
景色も気分も単調である。
羅臼峠のアップダウンから崎無異の海岸を過ぎ、薫別へ。
記 2010/9/17
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