辺毛内→(道道120)仁宇布
(以上#9-1)
→(道道49)幌内→(道道60)下川
(以上#9-2)
→(道道101)岩尾内
(以上#9-3)
→(道道101)愛別→(町道他)永山
172km
分岐したこちらの道道101は再び湖岸方面へ方向を変えてゆく。上り下りはようやく一段落し、湖岸の森をするするとスムーズに辿った後、谷間の畑へ辿り着いた。茂志利方面の谷間へ入ったのだ。
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雲の中は明るくなってきているのだから早く雨は止んでくれ、と思いながら進むと、行く手の空に青空が現れ始め、雨はすっと引いていった。雨雲は上紋峠方面へ向かっていったのだった。しかし、辺りの路面はまだ黒々どころかぬらぬらと濡れていて、ついさっきまでかなりな大雨が通過したことを物語っている。
辺りが明るくなると、急に空が晴れ始めてしまい、例によって熱線の日差しも登場。
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茂志利では、山に囲まれた静かな谷間に畑や牧草地、ごく普通の農村風景が続く。それは鄙びた何とも良い雰囲気の、ごく普通の北海道の田舎の景色だ。考えてみるとあの山奥の岩尾内湖の更に奥、まあ言ってみればかなりの山奥なのに、意外な程普通に静かな雰囲気なのである。いや、これだけ典型的な田舎らしい風景も、実は意外に珍しいのかもしれない。
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かっと日差しが現れると、とたんに気温が上がって猛烈に暑くなり始めるものの、まだ雲は多い。雲に遮られた太陽光線が、雲の中で乱反射して非常に眩しい。雨上がりの日差しで緑が喜んでいるように鮮やかで、木陰は涼しく、さっきの大雨が嘘みたいな優しい風が吹く。いい道だ。さっき悩んだ奥士別回りの市道も行ってみたいが、こちらに来て良かった。
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その市道との再合流点は集落の奥、ここからは次第に於鬼頭峠への登りとなる。次第に谷間が狭くなり、高度を上げてゆく道は谷間を見下ろし始める。
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河川管理関係の看板に「天塩川」とあり、え、と思って地図を見ると、やはりこの川、昨日早朝堂々たる流れを眺めた大河、天塩川の上流なのだ。そうか、谷間を延々下ってあんな日本海岸まで流れているのか。
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於鬼頭峠への登りは、途中から山肌を直線基調で登ってゆく。その道が、どうも地図通りに細くてくねくねしてない。
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明らかに新道だ、どの辺りでトンネルが通っているのか、旧道は稜線部のどの辺なのか、と思っていると、稜線の100mぐらい下にトンネルが登場。けっこう上まで登って、一番最後の一番険しい部分をトンネルで抜けるパターンなのだった。この時点で15:10。
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山肌の途中でトンネルに入っただけあり、トンネルはやや長く、向こう側は空の中というより谷の途中。道はそのまま狭く急な谷底の森を下ってゆく。
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西南向きの道なので、午後の日差しと木漏れ陽が眩しい。
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トンネル出口から愛別まで20km。ここも長い下りだが、何しろこれを下りきってしまうと旭川盆地の一番北に出てしまうのである。
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しばらく下り続けて、徳星でようやく谷間が拡がり始めたところで登り返しが登場。
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ちょっとした登り返し峠の後は開けた浅い谷間へ降りていき、間もなく谷間の森の中に愛別湖が登場。
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こちらの道、愛別湖も手持ちの昭和48年版1/5万「愛別」には載っていない。いつのまにか人造湖ができていたのだった。でも当たり前だ、昭和48年版の地図である。ツーリングマップルでの予習が足りない。
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しばらく続いた平坦なダム湖外周道の先は、もう一気に愛別へ続く谷間の平地へ。
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ここへ来て雲もだいぶ切れ始めて、広めの谷間に田んぼが拡がる景色が、もうだいぶ傾いている赤い日差しの中でまぶしく、ドラマチックである。
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協和、伏古としばらく田圃の谷間に緩下りが続く。谷間ではあるが山々はそう近くなく、比較的平べったい景色が続く。
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そんな景色を眺めながら、もう到着間近の愛別で旅程を終えたいという気持ちが頭をもたげ始めていた。ここより平べったい旭川盆地なんて、走っても同じじゃんかよ。
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最後に国道39と石狩川を渡り、16:05、愛別着。
駅で早速時刻表をチェックすると、列車は17分後である。17分で輪行と荷造りか。かつて、15分で荷物を下ろし解体して荷造りを半分ぐらい終えた実績はある。しかし、この駅だと列車は階段を渡って反対側のホームだ。持っていくのには苦労するだろう。
実績はあるのだ、やってできないことはない。かもしれない。絶対できる自信は無い。輪行完了までは楽勝だろう。しかしその後の荷造りが問題だ。やるんなら、悩んでいるヒマは無い。すぐ始めないと。
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結局、20分あったら即開始なんだけどねと思いつつも、先へ進むことにした。でもよく考えたら、この手のローカル線ワンマン列車は少し遅れてやってくることも多い。それをすっかり忘れていた。つまり、3分遅れて20分なら射程範囲内だったのである。
しかし結論から言えば、この決定は間違っていなかった。愛別から先、石狩川の谷間から山裾を経由して、旭川盆地の外れへ降りた伊香牛の景色が素晴らしかったからだ。
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石北本線沿いの小春から旭川盆地側の伊香牛へは、ありがちなやや閉鎖的な景色のちょっとした丘越えだったのが、降りてきた伊香牛で一気に旭川盆地の田圃が拡がった。
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山裾から平地に降りた緩い傾斜に続く田圃と点在する農村。盆地の彼方、反対の遠くの山々までどこまでも田んぼが拡がってゆく景色は、北海道というよりどこか東北の片田舎を思わせるような、親しげでのどかな、どこか懐かしい表情である。
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田圃の中に続く道は、山裾の森や丘を経由しながら一直線に伸びてゆく。相変わらず低く、しかしもうすっかり少なくなった雲が、真っ青な空の中に浮かんでいる。その形はころころと勢いよく丸く、まだ夏の雲である。やはり南に下ってきただけのことはある。
▼動画1分46秒
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雲の下から、夕方で低くなった赤い日差しがかっと盆地を直撃していて、日差しと影、色とりどりの緑で、景色全体がクリアで鮮やかになっている。
▼伊香牛にて 展望270°(Quicktime VR) 画像上でマウスをドラッグしてください
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森や丘の陰のちょっとした平地では、強い光の中で、一体何があったのかと思うほどおびただしい数のアカトンボの群れが飛び交い、賑やかだ。
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というわけで、全く期待していなかった旭川盆地、旅の最後の最後でとんでもなく素晴らしい景色を見せてくれたのだった。
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旭川盆地に入ると共に、かなり強い横風が吹き始めていた。その方向は、ジグザグの田んぼの中の道で微妙に向かい風方向だったり追い風方向だったり、その度に一喜一憂させられる。途中からは完全に向かい風になってしまった。
道は石北本線を越え、この旭川盆地でほぼ併行する宗谷本線に近づいていた。田んぼ2、3グリッド向こうに続く家並みの向こうには、ちらちら車がひっきりなしに通っているのが見える。国道39である。田圃の中の一直線の道を進むうち、次第に辺りは永山の住宅地に変わっていった。もう行程の先は見えた。旭川市街まであと10kmも無い。このまま向かい風の中、どんどん車が増える道を走り、最後はせせこましい旭川駅前で輪行しないといけない。それともいっそ永山でのんびり輪行するか、という二択がまたもや頭をもたげていた。
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17:10、永山着。
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時刻表を見ると18:24に列車がある。1時間強。ゆっくり落ち着いて輪行作業して20分ぐらい余るだろう。いい時間だ。というわけで、ここで唐突に終着決定だ。
長年の宿題、於鬼頭峠も訪問したし、最後はのんびりがいいのである。今回もいい旅だった。
記 2009/10/9