八雲→(国道5号)国縫
→(国道230号)北桧山
→(国道229号)岩内
   約191km

北海道Tour99 #6
1999.8/5 八雲→岩内


 

国縫

瀬棚

島牧

今金

岩内

八雲

港町

寿都

北檜山

今日の経路 拡大表示今日の経路(赤表示)と今日までの経路(灰色表示)


 6:04、特急北斗星は定刻通り八雲に到着。降りた客は私一人。駅寝をしていたらしい若者が何人かいる。待ち合い室を出たところで、おもむろに自転車を組み立て始めた。
 空はいつ降り出すかわからないような厚い曇りだが、暑い。26・7℃位というところか。

 7:00、八雲駅を出発。これから朝食だ。
 ほか弁のベンチでとんかつ弁当を食っていると、店の主人がタオルとうちわをくれた。瀬棚へ出て岩内まで走ると言うと、今日走ろうと思っていた八雲→今金の道道が長雨で4日前から通行止めになっている事を教えてくれた。国道5号線すらも1ヶ所、野田生橋が通行止めになっているらしい。
 ルート変更をしないといけない。絶句の後「聞いてないよ!」と叫んでしまったが、弁当屋さんは「ほう、ダチョウ倶楽部ですな」等とは言わずに国縫回りのルートを勧めてくれた。遠回りになるがその手があった。それしかない。

 7:50、八雲発。できれば走りたくない国道5号だが仕方ない。それでも町を離れると、牧場独特の酸っぱいような臭さを感じ、北海道を走れている事を実感する。通行止めのせいか自動車がえらく少ない今日の国道5号だが、何人かのチャリダーとすれ違った。学生っぽい人、それと中後年の人が2人いたので驚いた。車種はMTB、ランドナーが半々。中年のチャリダーは2人ともMTBだったのがおもしろい。
 薄暗い曇り空の国道5号を先へ急ぐ。8:40、国縫着。町外れの交差点を左折し、国道230号に入る。

 同じ国道ながら、国道230号は車もまばらで風景もぐっとのどかだ。国縫川→茶屋川と平行してほんのわずかの登りが続く。
 こっちを行くと俄然晴れだしてきた。そうでなくてもとても暑い。道路脇、国縫川沿いの茂みには高い草・いろいろな花・細くクネクネと曲がった幹の低い広葉樹などが茂っている。蒸し暑い空気の中、草やら木、緑の匂いがする。田舎道を感じながら、風のストレスも無くのんびりした気分で走る。
 向こう岸の山が近づき、谷が狭くなって坂が少し急になってきたと思ったら、程無く美利河峠。峠と言っても標高139m、かわいいものだ。
 峠を越えると、人造湖の美利河ダムなんてあった。私の地図は古かったので、突如登場した開けた空間には意外な印象があった。ま新しいコンクリートのダム壁を眺めながら、周囲の低い山々とは打って変わった広々とした風景にちょっと心が動くが、先へ進んだ。

 9:30、花石の郵便局で公衆電話を見つけ、約束が残っていた数件の電話を済ませる。これで晴れて、本当に自由の身になった。緊張した電話が数件、走るよりよっぽど疲れた。意外と時間がかかり、10:00、再び出発。

 今金までは、大体下りで時々丘の上への登りがあるという道だ。周囲の谷は農村地帯で、下るに連れて拡がって行く。この辺は基本的に農村地帯で、今金特産のじゃがいもを初め、ソバ・水田・麦・牧草地など、平地はほとんど利用されている。今年はソバの白い花も咲いているようだ。
 道南のこういう典型的な農村風景には、同じ北海道らしい風景でも、何かとっつきやすいと言うか、丁寧に掛けられた人の手の印象と言うか、厳しい気候だけではない優しい雰囲気を感じる。
 緩いカーブと直線・丘への登り下りと川を渡る橋が交互に現れる国道230号を更に下る。谷はどんどん拡がって、水田の割合が増えてきた。11:00今金着。八雲から水以外補給らしい補給をしていない。少し空腹感を感じるようになっていた。こういうのは後々影響が出るものなのだ。町外れのセイコーマートで、おにぎりを食べることにした。

 北桧山の町から国道229号と合流する。いよいよ今日の目的、「追分ソーランライン」だ。
 12:10、瀬棚着。日本海が見えてきた。道路の先の方には海岸からにょっきり突き出した蝋燭岩、道路脇から立ち上がった高い岩山の頂上に建物が建っているのが見えた。瀬棚独特の風景だ。エキゾチックと言うか、さいはて感と言うか、瀬棚が端の方にプロットされている北海道の地図を思い出す。
 ここから島牧村までは、海岸からほとんど垂直に岩が立ち上がりすぐに高い山へと続く非常に険しい地形となり、道路もトンネル・覆道が連続し、あるいはくねくねした線形が続く。と同時に、海面から飛び出した大小いくつもの様々な形の岩と美しい日本海は、荒々しくもここならではの見事な風景を作り出しているのだ。カーブの多い道路、細いトンネルを抜けると間近に見えるごつごつした岩礁と日本海、坂もほとんど無いので走っていてちょっとした冒険気分があり、最高に楽しい。1986年7月、初めて北海道をツーリングしたその初日にここを通り、近くは透明・遠くは濃い青の日本海と、ごつごつした岩山・大小さまざまなトンネルが続く変化に富んだコースに、完全に参ってしまった記憶がある。

 今日の追分ソーランラインは追い風だ。空も雲が多いが青空と太陽が出ている。気温が高い夏らしい日になった。
 13:00、茂津多通過。ここから海面から立ち上がる岩山が更に急峻になり、島牧村まで1〜2kmぐらいのいくつかのトンネルがほぼ連続して続く区間である。何年か前落盤事故があり、去年の9月まで通行止めとなっていた白糸トンネルがこの中に含まれる。
 茂津多・狩場・兜岩・白糸トンネル、その間を岸壁に張りつく道路をくねくねカーブしながら快調に進む。

島牧 岩場主体の海岸 透明度がスゴイ

 白糸トンネルの入り口では、落盤が未だにくっきりそのままになっていた。トンネルを抜けるとようやく岩場は少しは一段落する。漁村の住宅や漁港の防波堤が途切れては現れるようになり、島牧村の中心部に到着する。よく見ると、手前の海は泥水っぽい黄色がかった色になっている。長雨の影響だろう。
 14:20、道の駅「よってけ!島牧」到着。区切りがいいので、ここで昼食を取ることにする。

 道の駅のレストランに席を取りメニューを探すが、無い。聞くと、なんと手前の水槽やらショーケースから生きている貝やウニ、生の野菜やら肉やらソーセージなんか買って、自分で焼いて浜焼き風に食べられるのだという。ちょっとびっくりして値段を見ると、生きているウニなんか1個\150!ホタテ(けっこうでかい)が\180!アワビは高く、それでも\500。牛カルビなんかは\500だった。カルビよりウニが安いなんて。ウニなどは生で食べてもいいし、焼いて食べてもいいのだと言う。もちろん、とてもうまかった。

 14:50、道の駅出発。
 島牧から先、歌島までは、どちらかと言うと砂浜主体の海岸線となる。相変わらず海からすぐに山が立ち上がっているが、道路脇のスペースがやや拡がり、そこに小さい漁師の家が点在するようになる。天気はもはや晴となっており、青空を映す日本海は、この地域独特の濃く鮮やかな青い色だった。風は相変わらず追い風気味で、こよなく美しい日本海を眺めながら、海岸線を快調に走れた。これだけの素晴らしい景色の道路で、一人の自転車ともすれ違わない。みんな5号線なんて走ってる場合じゃないよ、と思った。こんなに走りやすくて景色も良くて、夏は比較的天候も安定しているこのルートを何故みんなは走らないのか。何故あんな5号線みたいな走ってても面白くないルートを選ぶのか。

国道沿いに続く漁村

 ふと、すごく疲れているのに気が付いた。八雲から今金まで、無補給で走ったのが今効いているのか、さっきの電話で気が緩んだのか、単純に今日が暑いからなのか。

 歌島の外れから唐突に登りとなり、文字通り取り着く島の無い岩場を高台で抜け、やがて弁慶岬で道路は北向きから南向きとなる。地形もやや開けた雰囲気の斜面となり、15:50、この海岸線では岩内に次いで大きな町の寿都を通過する。

 道路は更にほんの少し南下し、内陸部に入って再び北向きとなり、海岸線の漁村沿いに走るようになる。
 この海岸線でかつて盛んだったという、ニシン漁の名残りの「ニシン御殿」の遺構がいくつか目立つようになる。ニシン漁で儲けた漁師が、大きな家や倉を建てたというものだ。
 漁村の中をひたすら走りつづける。太陽光線はやや赤っぽく斜めになり出している。が、岩内までもう約30km。そんなにあせらずに走れた。とにかく、あせるとろくな事がない。

静かな海岸がこよなく美しい

 17:20
 港町着。ここから岩内までは去年通った道だ。岩内までの最後の区間、道路は再び切り立った岩場をトンネルと覆道で抜ける。霞に浮かぶ積丹半島、遠くに神恵内の町、もう少し手前に泊の町と少し離れて巨大な泊原発の2つのドーム、さらに半島の付け根にひときわ大きな岩内の町が見えてきた。

 18:10
 岩内着。少し今日宿泊予定の民宿Kを探す。
 この宿の食事がまたしょぼく、夕食後にさらに岩内に回転寿司を食いに出かけた。

 天気予報では明日は曇り後雨。朝里峠はキツいかもしれない。

記 1999.8/6

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Last Update 2004.1/2
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