釧路空港→(道道65・952)山花
→(道道834釧路阿寒自転車道他)花園町
(以上#1-1)
(以下#1-2)
→(市道・道道113他)桜ヶ丘→(道道142)尾幌
(以上#1-2)
(以下#1-3)
→(農道)沖万別→(町道)門静
→(国道44・道道123他)厚岸
91km
ルートラボ
4時台の都内某所、そして早朝の羽田空港は暑かった。
去年よりやや空いていた気がする搭乗手続き、バス搭乗の待合室、離陸してからもずっとじりじりと鋭い日差しに焦がされるようだった。
しかし到着した釧路空港はやや薄暗目の曇り。荷物を受け取って、自転車を組み立て始めた空港ポーチの電光温度掲示は22.5℃。屋根を外れると、空気中には時々水滴が感じられる。曇り予報ではあったはずだが、思えば4回目の釧路空港発は毎回こんな感じか、もっと雨っぽい。
もともと釧路はあまりからっと青空が拡がるようなイメージの場所ではないし、何よりここ1ヶ月、ずっと望んでいたのはこの涼しさなのだ。
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予報は曇りなのだから、こんな雨はじきに止むだろう。という希望的観測とともに、10:35釧路空港出発。
空港の前の道を、過去3回とは逆方向へ。どちらへ向かっても空港がある丘陵から市街地や釧路湿原から続く平地に降りてゆく。向かうのは去年と同じ山花方面。こちらはいつもの道より幅が広い。中央分離帯まである。しかし、交通量としては全く問題無いぐらいに静か、というよりいつも通っている方がずっと交通量が多いように思える。それでいてこちらの道は、丘陵のなだらかな部分を使い、山花近くまで緩い下りが続く。あちらは標高差分を急に下ってしまい、向かい風や横風の平地を山花へ向かうイメージがある。つまり下りの場合、こちらの方が楽な走りやすい道なのだった。
山花からは釧路阿寒自転車道へ入り込み、釧路へ。山花から釧路方面へ向かうのは、と思って7年振りであることに気が付いた。2008年に阿寒から釧路阿寒自転車道を初めて全区間通ったのを昨日のように思っていたが、歳を取るとこういうことは多いように思う。
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牧草地や木立の中を、道はいかにも鉄道跡らしい穏やかで緩やかな線形で、道道や他の車道から次第に離れてゆく。どんよりした空には雲がけっこうな速度で動き、相変わらず空気中には水滴が感じられた。雲の密度が急に増すことは無いようだが、今日の行く手に不穏な気配が迫りつつあるように感じられる。
そう離れていないはずの道道や、道道沿いの集落は、道が通っている牧草地から雰囲気は伺いにくい。何本か道道を横断しているので、地図上では牧草地の外側に次第に街っぽい要素が登場していた。気が付くと道ばたの距離標識の、起点らしき「昭和町」という場所からの数値は確実に減りつつあり、地図を裏返すともう釧路の市街地外れと言っていい場所であることがわかった。
道はまだしばらく続いてから、市街地の北側を西から東側に抜けたところで終わるようだった。実は釧路市街地近くの区間が長い釧路阿寒自転車道なのであった。
そうこうするうち、並木の向こうに唐突に新興住宅地が登場。自転車道は川沿いから住宅地の中へ、最後は唐突に並木が切れ、釧路の町中に放り出されるように昭和町で終了。GPS通り、大通りにぶつかった角の向こうにセイコーマートがあった。釧路空港から13時半過ぎの標茶まで何も食べられない、例年の標茶行程を思い出しつつ、めでたく今回の行程初のセイコーマート休憩とする。
しかし、今年は羽田で弁当を2つも腹に押し込んでおいたのと、去年と違って昼まで坂が少ないのであまり腹は減っていない。Hotchefにも目当ての豚丼は無く、ここではクロワッサンとコーヒーだけにしておく。
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セイコーマートから出て新釧路川を渡ると、雨の勢いが少し増してきた。ずっと曇りのはずだった天気予報とは明らかに違うという見込み違いは私だけではなく、道行く人々も傘を持っていない。びしょ濡れで信号を待つ人々を眺めながら、適当な場所で休み、昼飯も食ってしまうのが適切だという機になってきた。もちろん道東最大の都市、セイコーマートに不自由はしないはずだ。
市街地で雨具を着込む羽目になってしまったな、と思いながら柳丁公園の脇を進む。私的にはいつも霧の中に沈んでいるような印象がある釧路市街地にしては、意外にも爽やかな森である。
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前方にセイコーマートのオレンジ色の看板が見えてきた。やはり市街地はセイコーマート一杯である。果たしてこちらののセイコーマートでは豚丼に巡り会えた。ちょうどまさにお昼時、またとない昼食のチャンスである。一通り食料を仕入れて店の前に腰を下ろしたところで、いよいよ強い雨が本格的に降ってきた。この際豚丼、野菜やらみかんジュースを一気に食べてしまう。
しばらく雨が止まなかったせいもあって長居してしまい、12:40、出発。
花園町は釧路駅北側の住宅地だ。私の北海道旅行の初期、1980年代後半から1990年代前半、この辺を何度かうろついているはずである。冬に来たときにどこかの安宿に泊まって、雪の夜をうろうろした印象が一番強い。最後は確か1999年のまきばYH。洗濯機が無くて日暮れにコインランドリーを探したような記憶がある。閉館して久しい釧路まきばYHの痕跡を探しつつ通り過ぎる現在の花園町は、その頃からかなり間が空いてしまったためか、風景に全く見覚えが無い。少なくとも建物は、そして道の雰囲気もかなり変わっている気がする。
陸橋は避けたつもりでコースを組んだはずが、根室本線を越えて釧路南側へ向かう道はやはりオーバークロスだった。道はそのまま釧路川を渡る。堂々たる川幅の釧路川は、いつものツーリングでは塘路辺りの釧路湿原脇を悠々と流れる静かな川だったり、札友内の鱒や裏手の森のそう広くない川だったりする。それがこんな街中の大河になってしまうのだと思った。いつもと違うコースを組むと、景色に現れる物事がいつもと違い、それが大変面白い。
住宅地を抜けてゆく裏道は、市街地にしちゃあ交通量が少なく空いていて走りやすい。坂が前方に現れたと思ったら、GPSのトラックは坂を回避して右に曲がり、春採湖岸へ向かってゆく。そういえば、ルートラボ画面を眺めながらセコくちょい坂を回避してコースを描いたのだった。こういうところは我ながらよく考えている。
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道道142に出ると、道は太平洋岸に登ってゆく。いよいよ北太平洋シーサイドラインの始まりだ。坂の途中で確か振り返ると釧路の街を一望する場所があったと思っていたが、実は見渡す住宅地は海岸沿いの集落なのだった。見下ろす低地に拡がった住宅地は、以前眺めた印象の通りである。
段階的に緑が増えて来ていた住宅地が突然終了、釧路街中からやってきた道道142は、いかにも道東太平洋岸らしい深い森の道に変わった。ここからだいぶ東の道道141の、厚岸→散布、初田牛→昆布盛辺りと雰囲気はとても似ている。「北太平洋シーサイドライン」という看板も登場し、さすがは道東の太平洋岸という同じ括りで呼べる道だ。1999年以来、久しぶりにこの道を訪問しているという気分になってきた。
森の中にアップダウンと共に続く道は、登ってしまえば意外にアップダウンは少ない。1996年にこの道を通った時には、青空と深い森、草原、見渡す青い海に岸壁という、鮮やかでメリハリの利いた風景と、やたらと現れるアップダウンが強烈な印象として残っている。今日通ってみれば、既知のコースのためか時間の余裕故か、ほぼ平坦に近いぐらいの道である。まあ、途中海岸まで下る昆布森から手前は、確か台地上の起伏は少ないのだ。
森の中をしばらく進むと、道が下り始めた。記憶にあったくねくね旧道ではなく、トンネル一発で海岸に降りて、昆布森に到着。太平洋シーサイドライン続きの国道141、遙か東の根室の手前にも、昆布盛という地名がある。こちらは「盛」ではなく「森」である。
道道から1995年に訪問した漁港を一瞥するが、どうも記憶の漁港と違う。港まで行って湾内を見渡すと、確かに昆布森の漁港であるという感覚が蘇ってきた。やはりかなり年月が経っているのである。まあ、前回の天気は晴れであり、今日は曇りであることも大きいかもしれない。気が付くと、結構寒い。雨は降っていないが、さっきから路面がじっとり湿っている。何か空気中のバランスが変わると、即雨に変わるかもしれない。ここは防寒を兼ねて、レインジャケットを着込むことにする。
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再び台地上へ登ると、気温が上がってきたのがわかった。登坂での汗ばみかたはやや多めなので、25℃ぐらいなのではないか。
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辺りはやや霧っぽいが、霧の中はいつの間にか明るくなってきていた。路面も乾いている。
この道道142、釧路・昆布森間より昆布森・尾幌間の方が距離が長く、小さな起伏が多い。今日は釧路空港から厚岸まで80km余り、余裕のある行程なので、これからの区間がメインなのである。
まあそれでも再びレインジャケットを脱いだり、多少下り基調が続くと身体が冷えたり、起伏の緩い台地の、やや締まりの無い行程のような気がし始めていた。
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霧が晴れても相変わらず掴み所の無い深い森が続いていたが、一方時々太平洋を見渡す草原も登場した。1999年には青空、青い海、岸壁に緑の強烈な色彩が上下空間に拡がり、とても感動的な風景が断続したのを覚えている。
晴れさえすれば、いや、どんより曇っている今日だって、風景は変化に富んでいる。良い道だ。
森の中では、海岸の漁村に下って行く道が時々分岐し、漁村の地名が標識に描かれている。海岸まで常に100m以上の標高差があるこれらの道を、各駅停車で降りる気にはとてもならない。しかしそういう場所ほど、外様の侵入を突き放すような厳しい風景が見ものであることは多い。
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そんな分岐の一つ、賤夫向(せきねっぷ)辺りから再び霧が出始めた。そして霧が出始めると、台地アップダウンの下りでやはり寒い。たまらず半袖ポロを着込む。
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初日昼間からこういうのは珍しいとも思う。いや、近年が暑かっただけで、これが本来の道東の気温なのだ。というより、この辺の太平洋岸では、特に霧の日にはもっと気温が低くても不思議じゃない。
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円山を回り込むと、再び仙鳳趾の海岸までの下りに突入。
ここまで来れば、道道142の尾幌までの区間にもう大した登りは無い。
釧路から尾幌までの道道142は、1999年以来ずいぶんご無沙汰してしまい、1996年訪問時の印象だけで、何となく厚岸から東側の区間より坂が厳しいような気がしていた。今回訪れてみると、あちらの方が際限無く報われない起伏が一杯あるように思われる。
尾幌の国道44が見えてきた辺り、尾幌の集落の分岐を東へ。
道は集落外れから、しばらく国道44に並行した牧草地を進む。少し、というか2〜300mぐらい離れた国道44には車が行き交っているのが見えるが、こちらの道とは全く無関係の出来事である。というぐらいに、こちらは車が来なくて、ひたすら牧草地の中を直線基調で進んでゆく平和な道だ。
しかし雨がぱらつき始めていた。雨というより、空気中の水分が結露して水滴に変わっているような、それぐらいの微妙な霧雨である。遠景を見れば、やや霞み気味であり、今ぱらついている雨が本格的に降り始めるのは時間の問題のようにも思われる。冴えない天気だ。
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沖万別の農道から丘の向こう、苫多の海岸へ。
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あんなに低い丘でも天気が変わるのか、海岸側の太平洋上は全体的に明るく、多少は雲が少ないように見えた。雨の不安もこちら側の安心感もあまり根拠は無いものながら、全体的には悪い傾向では無いことは確かである。行く手の遠くに厚岸の町も見え始めた。このまま最後まで保って欲しい。
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苫多の海岸沿いに続くこの道は、本来北太平洋シーサイドラインに組み込まれてもおかしくないように思われるが、道道指定が無いまま残っている。その実態も道幅は6m程度、それほど高い台地上に乗り上げるわけではないが、標高10〜30m程度の集落を縫って所々に短いものの10%以上の登り下りが頻発する。北海道には珍しい雰囲気の道であり、道東太平洋岸の特徴ある道の一つと言える。
前回あまり地図を読み込むこと無くこの道に入り込んで、予想以上の細道とアップダウンに驚き、その後通った釧路までの道道142と共になかなか手強いという印象が残っていた。今日やや短めの行程上で、余裕と予備知識とともに再び訪れてみると、掴み所の無い大森林や広々とした海岸風景に象徴される道東では際だった道だということがよくわかった。等と考えながら曇り空の下のんびり進むうちに、いつの間にか厚岸の街が、そして厚岸大橋がよく見える辺りまで近づいていた。
17:00、厚岸宮園町着。道道14の標茶方面へ進むときに使うセイコーマートで休憩、さっき釧路で食べ忘れて気になっていた野菜サラダを一気喰いしておく。毎日の野菜が疲労の蓄積を少しでも.防いでくれるのだ。しかしHotchef付きのこの店では、クロワッサンが売り切れだった。別のセイコーマートで明日の補給食を仕入れておく必要がある。
欄干に行儀良く並んだかもめを眺めつつ厚岸大橋を渡り、厚岸湾の対岸へ。記憶通りに町中にあったセイコーマートには運良くHotchefもあり、クロワッサンを仕入れ、17:25、厚岸愛冠YH着。
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早めの到着だと、夕食前に風呂に入れて洗濯を終えることができる。初日は短縮行程に限ると思った。
天気予報通り、夜には雨が降ってきた。予報通りなら明日は9時頃まで小雨、その後1日曇りとなるはずである。予報も現実も、あまり明日朝の晴天を期待できそうなものではなく、明日の琵琶瀬高台や霧多布の海岸沿い、そして恵茶人海岸は諦めるべきかもしれない。最終的な判断は現地で行うにしても、恵茶人までの大回りを省略するなら、それに見合う代替コースは準備しておきたい。ルートラボでトラックを組み直すのに、今年から装備に加わった小型PCが早くも役に立った。
記 2015/10/21