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木屋の先で急に道が狭くなり、しばらくだらだらした坂が杉山の狭い谷に続いた。最小幅員2mとのこと。まあいつもの紀伊半島の峠道のように細いのだろう。
始まった峠区間、道は杉山の谷間を遡る。その周囲の山々にも、所々で大々的に杉の木や細かい枝が斜面に散乱したまま放置されているようだった。上から下まで禿げ山になっているような、大伐採箇所もみられた。時々材木運搬用のロープウェイのエンジン音が聞こえてくる。
道の周囲は南国風の葉の小さい広葉樹が多い。そろそろ気温が急激に上がり始めていたが、道に覆い被さる木陰はまだ涼しく、明るい色の緑が楽しい。ウグイスやホトトギス、その他は名前は知らないが、山の鳥が静かな谷間に響き、こんな感じでだらだらっと峠を越えられれば極楽なのだが、と思った。
まあそんなに世の中は甘くない。谷の一番奥から始まったつづら折れ区間から、急に斜度が増した。遙か上方には通信塔や、ちらっと白いガードレールが見える。地図で方位、道の形と地形に当たりをつけると、どうやらその真ん中のちょっと低い部分が藤坂峠らしい。ちょっと安心したが、いずれにしてもあんな所まで登ってしまうのだ。
坂が厳しいだけあって、地図では峠までの距離はあまり無い。いや、この斜度がこれ位続くのだという捉え方が適切なのだろう。
木陰が少なくなったのもあって、照りつける太陽に一気に汗が出る。それでも、谷間の涼しさとは別の乾いた風が吹き始め何とも爽やかだ。暑いとはいえ、さすがにまだ4月下旬なのだ。
10:55、藤坂峠着。林道と先の通信塔への点検路が両方向から離合し、切り通しの法面がプレキャストコンクリートで保護されているだけの、寂しい切り通し峠である。狭い切り通しの先にも、明るい空だけが見えるだけだ。朝から修正続きの行程に、多少焦りを感じながらここは先へ進むことにした。
ところが切り通しを抜けると、開けた断崖の下に緑の山々が、その向こうには紀伊半島の入り組んで海に突出した海岸線が、そして熊野灘から太平洋へ続く静かな海が、お昼前のまぶしい光の中に拡がっていたのだった!
海コース変更は正解だった。つくづく、岩の荒々しさも海の色も、地図からではわからないものだと実感。
しばらく断崖上の尾根近くに開けた下りが続いた。標高差400mから見下ろす谷間はど迫力だが、高所恐怖症でなくても怖さを感じる。
早く下りきってしまいたい尾根道が終わると、今度は急斜面の岩場に張り付いた長い下りが始まった。密な木々の外側には、谷底が見えないほど深い緑の谷間が拡がっている。見ると落差が怖く、ふと足下が不安になるが、ちらちら見える明るい風景には思わず見てしまう。
苔生す岩に細いくねくね下り、落ち込んだ谷間にいかにも南国風の木々、西伊豆松崎の県道59を思い出した。違うのは、こっちの方がやや長い下りであることだった。
明るい緑色の木漏れ陽の道には時々ツツジが咲いていた。明るい赤紫の花に時々停まって写真を撮るが、よく見るとどうも盛りを過ぎてしょぼしょぼした花か、虫に食われて二目と見れない花しかないようだった。
だいぶ下ってようやく谷底の平地が見え始めた時はほっとした。そこには縁の丸い田圃、古びたコンクリート橋、農家の川原に石垣など、紛れもない紀伊半島の農村があった。
のどかな河内の集落の一番海側で国道260に合流。期待以上に交通量が少ない道のようだ。今まで通ってきた道より道幅自体は拡がるが、安心して落ち着けそうな道だ。
道の外側にはきらきらエメラルドグリーンの熊野灘。気温は高く太陽光線は厳しいが、ひんやりした海風が気持ちいい。標高たかだか600mの藤坂峠より余程涼しい。岸辺の山々はやはりきらきらまぶしい新緑で、時々海風に葉がざわめいている。
今まで訪れた紀伊半島の山奥も素晴らしかったが、なんでこっちへ来なかったのだ、と後悔するほどの風景だ。今日松阪から近鉄始発で志摩半島へ向かえばいいコースになったかもしれない、とも思った。次回は松阪からこっち回りに決定しよう。
記 2005.5/2