2004.11/27
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そうは言っても、下りの途中には見所は多い。
その先で宇久須へまっしぐらに下る道と分岐、県道59は仁科峠から続いた鞍部から岩場の南斜面に突入する。
今までの空中の道も素晴らしいが、ここからの標高差500m弱、切り立った岩場に張り付いたこのくねくね細道がまた素晴らしい。
南国らしい植生の密で低めな森の中、急下りの道をスピードを上げすぎないようにゆっくり下って行くと、密な木々の頭上からの木漏れ陽は暖かで、時々木々の間から開ける展望や苔生す岩場の泉、思い出したように紅葉しているモミジなど、道端の役者が楽しい。
しかし、急カーブの向こうに拡がる周囲の眺めはまるで空中にいるようで、この切り立った岩場から早く降りてしまいたい、という気にはなる。
この岩場の細道で、台風の影響らしい崩落が1ヶ所も無いのは意外だ。しかし路盤の緩みはあり、急斜面に根こそぎ流されている木々も所々で見かけた。
しばらく木漏れ陽の森と岩場を下り続けると、やがて周囲が少し開け、眼下に集落が見えてきた。いよいよ谷底へ降りつつあるのだ。気が付くと標高が下がった以上に陽差しは暖かくなっている。
例によって谷の一番奥まで進んだところで道がくるっと折り返し、さっき見下ろした宮ヶ原の集落が始まる。道ばたで地図交換をしていると、おじいさんが声を掛けてくれるのが嬉しい。調子に乗って、こちらも沼津から妻良までとか、あと30分で松崎まで、等と応える。
谷底の下りは日陰が多く、意外に空気は冷たいが、自転車で走っているのに日なたでは一気にからだが暖まるところに陽射しの勢いを感じる。
仁科川が次第に拡がって、谷間に畑の拡がる一色へ出ると、周囲はもうどうしようもないほど暖かい。
14:00、松崎着。
自分で「14時松崎発」などと言っておいて、自分で14時に到着している。場合によっては皆さんに先に行ってもらわないといけない。いや、そういう訳にもいかず、結局迷惑を掛けてしまうのだろう。思えばちゃんと時間通りに着くような計画を立てないといけないのである。
回転寿司「ととや」の前にはお馴染み水色メタリックのALPSと、店の中にはさんぽさんがひとりで座っていた。ごめんなさい。
しかし、海岸線の手強いアップダウンを通ってきたさんぽさんもどうやら到着間もないようで、おまけにさんぽさんと電車で出会ったらしい子連れさんも到着はまだのようで、一安心。一方、ととやには我々の他にお客さんは一組。あまり寿司は回っていなかったが、注文して握ってくれる光り物が美味しい。
もともともう妻良まであまり距離があるわけではないのだ。3人とも腹一杯寿司を楽しんで、松崎出発は14:40。
一度婆裟羅峠方面への道間違いがあってから、蛇石峠方面への県道121へ。岩科南側で南側の谷間に入り込む。
ここは今年の3月に発見した道で、道が狭くて自動車は少なく、集落から畑、鬱蒼とした森の中の道と周囲がころころ変わって楽しい。坂は伊豆内陸標準というか、多少キツいが、それでも標高差200m弱。
登り切ると道は雲見温泉方面へ下るので、分岐して天神原への林道へ向かう。この林道がまた森の中や集落や蜜柑畑の中を抜ける、とても静かな自転車向けの道だ。所々では海も見える。
ただ、前回の記憶では200m登ってから斜度が少し緩くなり、その先はほとんど下りだというはずだった。それが実際には、さっきほど激坂ではないというだけのほとんど登り。子連れさん、さんぽさんにはまた信用を落としたような気がする。
蜜柑畑の展望ポイントで、拡がる太平洋を少し見物。右側は駿河湾、その向こうにはこの夕方になってもまだ南アルプス〜中央アルプスが見える。彼方へとつながって行く山々は、どこで見ても海上からすぐに立ち上がっていて、静岡県がいかに山が多いかよく理解できる。
正面の太平洋の彼方にもなんとなく山のような影が見えた。まさか紀伊半島じゃないだろうとは思うが、紀伊半島であっても納得できるぐらい、今日の空気は澄んでいる。
ミカン畑の中を下ってそのまま国道136に合流、それからも記憶に反してしぶとくアップダウンが連続。一気に下った子浦で、さんぽさんは地図で見つけたトンネル探訪に向かった。その直後、道ばたで宿に電話を掛けていたSHINさんと合流。
16:20、妻良「民宿 太郎衛門」着。この季節、夕方が早い。もう暗く寒くなり始めていた。
前回2月の伊豆OFFでも感動した宿の食事だが、今回も前回に勝るとも劣らぬゴージャス振り。大振りの魚で刺身、煮魚ともそれぞれ別の魚で2種類ずつ、小皿もお吸い物も机に乗りきらず、途中で空いた皿と交代で出てきた。1時間弱ぐらい経っていい加減腹一杯になってきたところで、今度は蠣と栗の釜飯に点火。
最後はちょっと平べったい、蟹と海老を足して2で割ったような海老。これは顔つきが某教育番組のキャラクターに似ているとのことで、島さん命名でゴン太くんと言うことになった。私もせっかく聞いたはずの名前を忘れてしまった(後で画像を見たを見たしらなみさんはセミエビと呼んでいた)。
記 2004.12/8