北海道Tour20#0
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2020年1月、新型コロナウイルス感染症は海外ニュースの一項目であり、2月にはまだ全然他人事だった。それが3月、国内でも第1波となり、通勤電車が空き始めたり休日の外出自粛が呼びかけられるようになったりと、私の生活にも多少は関係し始めてきた。でもまだ私はGWの中国地方ツーリングを決行するつもりで、コース作成と宿の予約と地図折りを着々と粛々と全力で進めていた。
ところが4月第2週には不要不急の外出、特に都道府県境を越える外出を控えるようにとの緊急事態宣言が発表。日本全国がコロナ体制に突入したのであった。それでも私は、月末ぐらいには感染者数が減り、5月連休に(仮称)中国地方Tour20には辛うじて問題無く行けるものと思っていた。なんたって下関〜岡山当りまで5万図をもれなく仕入れてあるし宿は全部予約済みだし。
しかしそうはならなかった。
2020年のGWは、県都境越えは止めてくださいということで、全期間自宅籠城となった。それならそれでこれ幸い。2016年暮れに入手したPENTAX FILM DUPLICATOR(←これ素晴らしいです)を使ってフィルム写真のデジタル化に耽った。
家族の昔の写真、小中高校時代の鉄道写真、大人になってもつきあっていた地元友人達との写真。会社に入ってから撮りまくった現代建築の写真、そして1990年代以降メインとなったサイクリングの写真。どの写真も何時どこで誰と撮ったとかは殆どの場合忘れていないのに、撮ってからの時間経過についてはすっかり忘れていることは衝撃的だった。まるで昨日のような気がしているのである。そして、フィルムデュプリケーターによる素晴らしい複写クオリティとかさくさく撮れる素晴らしい操作性とかより、改めてものすごい時間の量をたっぷり思い出すことができた事は得がたい経験であり、なんだか自分のこれまでの人生の総括になった気すらした。
人は忘れることによって生きている、ということが実感できた。北海道で辿る様々な場所で、昨日来たばかりのように思えても、実際はもう10年とか20年前に訪れて以来だったり、そういう現象と似ているのかもしれない。
また、自宅のベランダから眺める裏手の広葉樹林は、輝くように明るい緑色の新緑がもりもりと迫るように5月の風にそよぎ、ホトトギスやカッコウを始めとした鳥の声が毎朝響き、つまり2020年の5月連休は、自宅籠城によって素晴らしい時間になったのだった。
しかしそれとは別に、新緑ベストシーズンに旅に出られないこと自体はやはり残念な気がしていた。ああ、おれの55歳サイクリングかき入れ時が過ぎてゆく。
5月下旬になって、やっと緊急事態宣言は解除ということになった。1日の感染者数が明らかに減ってきて、少し様子を見ていると、どうやら国内旅行は何とか問題無さそうな雰囲気ではある。夏までこれが続くことを信じて、さあ、北海道の計画開始だ。
こういう時に毎年変わり映えしないコースは、新規検討項目が少なくて助かる。コース上毎度の各宿に連絡してみると、通常営業の宿から定員半分、今年は営業しない宿まで様々だった。一進一退で比較的緩めにのんびりと計画と予約は進み、7月上旬には順調に全ての宿を予約完了できた。
出発2週間前の7月下旬。コロナ感染者が何と突然急増し始め、東京都の感染者は出発1週間前に200人を超えた。どう考えても出発するのは問題がある、という状況かもしれない。と思えたものの、4月の時と違って意外にも緊急事態宣言には至らない。前回に金を使い過ぎた、いや重症者が前回5月より少なく医療体制面では前回ほどの危機ではない、など理由はいろいろあるようだ。
ならば出発可能、かもしれない。でも、緊急事態宣言が出たら即旅行を中止するつもりではいた。
荷物は出発の週の月曜からもう準備を始めた。歳のせいか旅行前に頭の起動が鈍く、前日にパパッとやって完璧、というわけにはいかない。必需品でも何日か準備してみて思い出すことも多い。或いはかなりたるんどる、ということかもしれない。
早くから準備したお陰で、回送当日にやることがあまり無く、何とか午前中に都内某所の母の家へ自転車回送に出発できた。
午前中出発だと時間に余裕はあっても、お昼の一番暑い時間帯に2時間以上走ることになる、ゆっくりとは言え。ちなみに天気予報の最高気温は34℃。
かなり暑かったものの回送途中休憩は1回、しかも行程後半、銀座のファミマだった。
走っている間は比較的快調で、例年より疲れていないように思えたものの、エアコンが効いた室内で一息付くと、やはり、と言わざるを得ないぐらいには疲れていた。
その晩、東京の新規感染者は469人に達していた。ああ、神様。しかしそれでもまだ緊急事態宣言は出ない。
この段階で、出発当日7日早朝のタクシー手配もお願いしておく。母の住むマンションには、管理室からタクシーを予約して指定場所に来てもらう居住者サービスがあるのだ。
「東銀座から羽田空港まで京急使うと安いよ!浜松町からモノレールだともっと安いよ!」
「お金ならありますから」
などという会話を友人の声で想像しつつ、それにしても北海道アプローチも楽になったと思う。今でも時々、北海道に向かうのに仙台まで新幹線を使い、21時過ぎの北斗星を捕縛して道南に早朝に着いていた頃を思い出す。あれはあれでとても楽しかった。その一方で今、アプローチにとてつもなく楽な方法が使えて楽な気分になれている。これはこれで北海道Tourの中でもひとつのいい時代なのかもしれない。
8月上旬まで、北海道の天気はかなり安定していた。特に道東で晴れが続いていて、今年こそは青空の根釧台地に会える、と思っていた。
しかし自転車回送後、8月2日の日曜日。突如沖縄南の海上に台風が発生した。進路は中国大陸に上陸してから急旋回し、なんと6日15時に東北地方に接近する。北海道には来ないようだ。いや、7日に来るかもしれない。結局、今年も気を揉む毎度のパターンなのだった。
4:40、羽田空港着。さすがタクシー。しかも年々到着時刻は早くなっている。
手荷物受付の先頭に並ぶことができたものの、手荷物検査は25分後の5:15。二人目が来たのは5:05だった。
北海道Tour20#1 2020/8/7(木)釧路空港→開陽 羽田空港にて #theta360 - Spherical Image - RICOH THETA |
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さすがに空港が空いている、などとこのご時世に旅立つ自分を差し置いて、他人事の様に思う。昨夜都知事から外出自粛要請があったものの、一方で全国的にはGotoトラベルキャンペーンが始まっている。経済産業相からも引き続き外出自粛緩和継続がコメントされていたので、ここは経済産業相に従うことにしている。
手荷物チェックでは、羽田空港には珍しく受付前に検査があった。X線検査の前に輪行袋の開封を要求されたのも、過去に記憶が無い。例年より検査が厳しいのは、開催されるはずだったオリンピック対策を続けているのかもしれない。まあしかし、何かやましいような物は私の荷物に一切入っていない。受付で計量した荷物の重量は25kg。去年より明らかに軽くなっているのが嬉しい。これが新レンズDFA70-210/4の威力というものだ。
手荷物を預けたら、すぐに身体検査へ。早朝なので、というよりやはり空港全体が空いているので、当然のように検査場もかなり空いている。その後徒歩で北方面ブリッジ?の先頭56番乗り場に着いてまだ5時半過ぎ。まだ出発予定時刻まで2時間もある。
北海道Tour20#1 2020/8/7(木)釧路空港→開陽 羽田空港にて #theta360 - Spherical Image - RICOH THETA |
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とりあえず一息着ける状態になったところで、現地の天気予報を確認しておく。すると、標茶の13時〜15時が雨マークで降水量4mm、その他も曇りマークではあるものの降水確率50〜60%。去年ぐらいの雨でも降水量は0mmだし、1〜2mmで本降りというより自転車的には大雨という印象がある。4mmなら、こりゃあダメだ。
初日に中標津まで全輪行だったのは2018年。昨年2019年は全曇り予報だったので走ってみたら、いつの間にか予報が雨に変わってて、結局ほとんど雨だった。それが去年のことなら、今年は全輪行にしないと学習能力が問われる。
長椅子に座って眠くなったので寝て、あっという間に1時間が経って6時半。次に目覚めてもう7:00、やっと店が始まった蕎麦を食べて戻ると7:20。すぐに搭乗が始まった。
8:40に着陸への下降が始まった。眼下の雲海が近づき、雲へ降りる手前から陽差しが薄まり始めた。「着陸は9:10、現地の気温は23℃」とのアナウンスがあった。到着予定時刻が9:20なので、順調そのものの運行状況だ。これで走れれば文句は無いのだが、全区間輪行だとしても釧路駅到着が早まって、根室本線の発車まで余裕ができるのは有り難い。
9:05、雲の下まで降下しても、まだ岸が見えなくて我が機は海上をばく進している。今日は以前に1度あった阿寒・布伏内経由ではなく、普段通りの南から釧路空港へ一直線のパターンだ。
機内アナウンス通り9:10に無事着陸、荷物受け取り完了が9:20。
これで自転車組立も順調なら過去最早出発が狙えたと思うが、いかんせん今日はもう輪行を決定しちゃっている。空港の庇の向こうは路面が濡れていて、今のところ雨は降っていないもののかなり雲が低い。念のためここでもう一度天気予報を確認しても、早朝と変わってない。よし、それじゃ大手を振って輪行しましょう。
記 2020/10/11・16