12:35、相野原で国道403から逸れ、いよいよアップダウン開始である。
とはいえ、最初は標高差100m程度の田島峠。実は1本北の石川峠に行ってみたかった。が、地図の旧道が拡幅新別ルートに変わっていて、気が付いたら分岐の武石を過ぎてしまっていたのだ。
それでも低山に挟まれた狭い谷間へ向かう道は、いかにもこの辺りらしい親しげな表情の農家や、泥水が入ったばかりの田圃の間を抜けてゆく、楽しい道だ。
谷間を流れる芝ノ又川は、例によって迸るような雪解け水で満水状態。その谷間の日陰に、いきなり残雪が目立ち始めている。時々どかっと大量に溜まっていたり、雪崩状態で斜面から裾にかけてかなりしつこく雪が残っている箇所もあった。東頸城丘陵に近づいたことを感じさせられる。
標高差が少ないだけあり、え、もう峠?というぐらいのところで、両側を木々に挟まれた道は、先のカーブ辺りから平らになっていた。カーブを回り込むと、道の外がすとんと落ち込み、逆光でまぶしい新緑の森が丘陵とともに拡がっている。その奥にどかんと黒姫山が。
急に拡がった風景に、思わず立ち尽くしてしまった。越後平野からようやく東頸城丘陵に来れたのだ、という気持ちで一杯になる。石川峠に行きそびれたという気持ちは、ここで一気に解消した。
カーブの先には、山菜取りの人らしい4人連れが、峠の風景と道ばたの新緑を肴に、車の脇で弁当を食べていた。いい景色にお互いの口も軽く、声をかけられてこちらも挨拶を返す。
そう登っていないだけあって下りも短い。あっという間に向こうの谷の集落、田島に到着。
次は国道252と鯖石川沿いにすこし南下し、与板から県道25で尼ヶ額峠へ。
一応峠越えということではあるが、ここもあまり標高差は無く、すぐに峠の向こうの久米に降りた。
周囲を山に囲まれた久米は、地図からの印象と今まで訪れたもう少し南側のエリアの印象からは、意外なほど広々とした雰囲気である。外周の低山の向こうには、残雪と新緑に彩られた黒姫山と米山が間近に相対していた。
低山に囲まれた盆地の畑や田圃に一直線の道が山裾まで続き、標高は70m程なのにどこかの高原に来ているよう風景だ。ちょっと道南山間の農村地帯さえ思わせる。
まさかこんな場所でこんな風景に出会えるとは。まだまだ頸城は奥が深い、と痛感。
またもや名前だけの峠、廻谷峠を越え、14:05、国道353の谷の川西へ。
ここも黒姫山と米山に囲まれた盆地に高原風の田畑が拡がる。外周の山々が少し高い分、さっきの久米で見られた高原っぽい雰囲気がより濃厚だ。今まで松之山や大島村など、旧東頸城郡のエリアを訪れることが多かったが、少し北に来ればまた全然違う景色があったのだ。つくづくこっちに足を向けて良かった。
その皿の真ん中、国道353の国道らしからぬひなびた交差点を渡る。田圃も畑も山肌も、新緑が午後の日差しで鮮やかだが、山肌に残った残雪の塊はその風景を引き締めている。
反対側の山裾から、道はおもむろに登り始める。さっきの交差点手前から正面の低いが壁のような山肌に、これから向かう県道や地図に無い林道が豪快に横切っているのが見える。稜線が一番低い所で県道が稜線を越えている。どうやらあそこが小村峠だろう。険しそうに見えるが、大丈夫、標高差300mも無いのだ。
ところが、集落が終わって最初のつづら折れ折り返しが近づく辺りで、何と積雪通行止めのフェンスが現れた。そういえば、上の方から何だか重機のエンジンとブザーらしき音が聞こえている。今まであれは農業機械の音かと思っていたが、ひょっとすると除雪の音なのだ。
でもまあ、小村峠は所詮標高323m。いくら何でもこの5月上旬、あまりひどいことにはならないだろう。万が一撤退になっても、このまま国道353を南下すれば、静かな楽しい道で今日の宿まで行ける。予定通りの行程じゃないだけなのだ。
というわけで、ここは先へ進むことにした。
何回かのつづら折れを進み、さっき見上げた山腹の道に入った辺りから、日陰にどかっと雪の塊が目立ち始めた。さっき下の盆地からこの道がよく見えたように、こちらからも眼下の盆地の拡がりがよく見える。峠の展望は更に素晴らしいだろう。
フェンスが立っていたにも関わらず、所々に山菜取りの人々がいた。それっぽいちょっと広目の隙間から入ったのだろう。さっき田島峠で出会った山菜取りの人たちとも再会。
「峠は雪が積もって通れなかったよ。歩いたら?うーん…何とかなるかもね」
とのこと。ちょっとニュアンスが微妙だが、何とかなるのかもしれない。
急に雪が道の両側に高く積もりはじめた。まだ舗装路面は現れていたが、幅2m強ぐらいの舗装路面が現れている部分の両側を、1m以上積もった雪が囲んでいる。さすがに私も不安になってきた。ひょっとしてダメかも。
見えていた舗装路面がシャーベットに変わり、現れた作業中の2台の除雪重機の脇を通らせて戴くと、その向こうに道幅を越えて拡がった残雪が現れた。道の山側で概略2m程度、その裾は切り立った斜面に落ちて行く。距離は約100mぐらいか。残雪の表面は硬めで、上を歩いても全く崩れる気遣いはなさそうだ。ただ、いかんせん斜めに積もっているので、足場が心配ではある。以前のランドナーOFFでの、HiSさんの野々海峠の写真を思い出した。
その向こうで道が回り込んでいて、何と峠から下界を見渡すカップルが見える。どうやらここを担いで越えれば、向こうは問題無く進むことができそうだ。きっとこの小村峠自体は、除雪しないと7月上旬ぐらいまでは通れない状態が続くのだろう。
自転車を担いで残雪の上を渡ると、足元はしっかりしていて意外にあっけない。14:45、小村峠着。
予想通り峠から盆地の展望が素晴らしい。盆地側はかなり切り立った峠だが、反対側は何と峠からすぐに棚田の拡がるなだらかな傾斜地が始まっている。日陰や窪みには、向こう側と比較にならないほど雪が溜まっていて、さっきの積雪と共に庄屋の家の「1m積雪」が何となく納得できるようになってきた。
下り始めると、棚田は雪が溜まっていたり乾いていたり、あるいは泥水が入っていたり、それらの複合状態だったりした。しばらく集落もなく、誰もいない平和で静かな谷間の1本道下りが続いた。峠が通行止めなので山菜取りの人しか来ないのだろう。
ところが、道ばたに停まっていた車の陰から、巨大な猟犬が2頭出撃したかと思うと、私を追い始めた。幸い下りではあったが、うち1頭はしばらく私に併走してきた。体長1.5m、体中の筋肉がびしっと精悍な、猛獣の領域に入りそうな猟犬が、余裕綽々の大きなゆったりしたストライドですぐ隣に迫るのである。死にそうに怖い。
「助けてくれー!何とかしろー!」
と泣き叫びながら速度を上げると、飼い主から離れたからか、何とかはなったようで、犬は立ち止まったようだった。人のいない道は気を付けないといけない。いや、犬を放し飼いする人が怖いのだ。
記 2005.5/16