頸城の春01 第9回ランドナーOFF
2001.6/3 田麦→まつだい #3

田麦→(県道78)板山不動尊
→(県道13・村道・国道253)大平
→(県道13)大島
→(県道229)菖蒲
→(国道405)東菖蒲
→(県道346)菖蒲高原牧場 ここまで#3
ここから#4 →(亀石林道)中原
→(林道)大厳寺原牧場
→(町道・農道)天水越
→(国道405)天水島
→(県道80・国道353)松之山
→(町道)まつだい
56km

小屋丸

(のえっち撮影)

松之山

まつだい

坂下

天水越

狐塚の棚田

大厳寺原牧場

松之山温泉

中原

野々海峠

菖蒲高原牧場

菖蒲

大島

大平

板山

田麦

6/3の全経路(赤色表示) 既済経路は灰色表示


 この季節、早朝でももう太陽は高い。目が覚めると障子の外はすっかり明るくなっていて、外に出てみると空気が最高に爽やかだ。風も無い。見上げると頭上の空は濃い青色で、鋭い朝の光に照らされて緑も透けるような濃いような色になっている。木立と建物に囲まれた庄屋の家の中庭では太陽が見えないが、どうやら昨日と違ってなかなかの晴天らしい。ランドナーOFFの計画を始めて半年以上、ずっと念じ続けていた今日の晴天が、最高の形で実現しそうだ。

 宿泊棟の1階に人影が見えた。寝ぼけてふらふらと入ると、GAMIさんとAKPさんが旧旭小学校のアルバムを広げていた。このお2方はやはり流石に早起き・早朝出発というツーリングの鉄則をきちんと押さえている。毎年40人位いた卒業生の数を見ると、昭和初期あたりまではこの辺にもかなり多くの人が住んでいたのがよくわかる。思えば、この近辺では山の上の方に捨てられて草むらと化した棚田をよく見かけるが、あれも人が多かった昔の名残りなのだろう。卒業アルバムは平成9年だったかで旭小学校が廃校となって終わっていた。その廃校跡がこの「庄屋の家」ということのようだ。

 朝食は7:30からだったが、1人の遅刻もなくみんな一斉に食堂に集まったのは見事だった。今日のコースは補給ポイントが限られるので、一般宿泊客用の少ないおかずで峠の登坂対応の飯をかき込まないといけない。が、お米がおいしいので食が進む。
 素晴らしい晴天にみんな気合いが違うようで、食事の後はこれまた見事にみんな準備が早い。すっかり太陽が高く登って初夏の日差しがまぶしい中庭に集まり、体験棟の前で集合写真撮影会があって、出発が8:30。

(左2枚はのえっち撮影)

 標高320mの庄屋の家から昨日登ってきた板山不動尊の前を通過し、更に県道13号で田麦川の谷を標高100mの大平まで下る。さっきの庄屋の家の中庭は日差しがまぶしく暑い位だったが、坂に任せて下っていると、冷やっとした朝の涼しい空気が最高に気持ちいい。道ばたの茂みや山々の緑は柔らかい色から濃い色に変わる途中くらいの色で、太陽に照らされて昨日とは全然違う色を見せていた。

(GAMIさん撮影)

 そのまま下ると登り返しで国道253へ出て大平まで下ることになるので、手前の旧道っぽい道へ入る。ここがまた素晴らしい道で、広葉樹の生い茂った狭い谷間に小川・茅に囲まれた溜め池・棚田が見下ろせ、周囲の山々も瑞々しい濃いめの新緑に溢れていた。太陽に照らされて、谷間の緑色が光り輝いているような印象すらある。
 減速しないとけっこう速度が上がるくらいの下りだが、急ぐのは勿体無い。最後尾ではあったが、どうせこの先はすぐにコンビニ休憩なので、のろのろと下った。開けたり森になったり、谷の斜面の細道が棚田の中の道になり谷底の小川に近づいた頃、唐突に大平の外れで国道253に合流。交差点から見上げる国道253は意外にも雰囲気が良く、そっちの方向に足を進めたくなったが、目指す大平とは逆方向だった。

(島 犬人さん撮影)

 コンビニ補給後、大平を出発し、今度は保倉川の谷を標高350mの菖蒲へ向かう。
 ほとんど平坦に近い緩やかな登りが続く県道13号を、ほくほく大島・大島と北上する。わずかな登り基調の道にそう高くない山と谷間と言うほどではない狭い平地、この辺では比較的開けた風景が続く。

 もうすっかり高くなった強い太陽光線は、山や里の勢いのいい緑を、コントラストの強い印象的な原色に変えていた。農村風景、もうどこを向いても緑・緑・緑だった。
 正面には長野県境の山々が姿を現していた。中腹までは緑豊かだが、上の方は荒々しく岩の山肌が露出しており、岩肌の谷の部分には、残雪が樹木のナメクジみたいにしぶとく張り付いていた。残雪は頂上方面から谷を伝って雪崩となって下に降りてくるようで、その雪崩で谷の木々は剥ぎ倒されてしまうようだ。この地方でよく見かける、谷の岩が露出した特徴的な山の姿の理由を理解した。
 そういえば近くの山も、けっこう高い部分の急斜面に木が生えていなくて、岩の露出した谷にわき水が流れ落ちているのが時々見えている。

(島 犬人さん撮影)

 大島・棚岡と過ぎ、広かった県道229が細くなる頃、連続するわずかな登りの中に時々ちょい坂が現れるようになった。断続する集落の中、細くなった道と道ばたの田圃や畑、山の木々の距離が近づき、ますます正しい田舎道の雰囲気が濃厚になる。

 「もうすぐです」
と言い残して、急にぴー助さんが前に出ていった。昨日地酒を差し入れていただいた、ぴー助さんのお母上のご実家が近いのだ。
 やがて道路脇の農家の庭先に、ぴー助さんの黄色いアルプスが停めてあるのが見えた。ここだと思ってみんなで自転車を停め、夕べのお酒のお礼を言うことにした。
 さすがに26台の自転車は多い。多少列が伸びていたようで、なかなか全員揃わない。こんなに多いとは。ぴー助さんのご親戚が、あまりの台数に目を見張っているようだったが、私も驚いていた。

(島 犬人さん撮影)

 再び緑と集落・田圃の中の道を進む。雲一つ無い濃い青空の真ん中から照りつける太陽光線のため、日なたはかなり暑くなっているようだ。一方この季節の特徴か、日差しの厳しさとは裏腹に、日陰やちょっとした風の涼しさはまるで別世界だ。このおかげで、日差しは厳しくても快適なツーリングになっていると言える。
 現れては終わる短い坂の頻度が増え、辺りの地形が緩やかに傾斜してるのが目で見てわかるようになると、間もなく菖蒲の国道405号合流点である。ここだけ道が程良く広くなっていることもあり、大分ばらけてしまったみんなが再び揃うのを待って、道ばたの万屋で小休止。

 菖蒲からほんの少し木立の中を進み、東菖蒲の菖蒲高原牧場への分岐、橋を渡る手前の木陰で再び全隊一時停止とした。標高は約400m。橋の向こうに、菖蒲高原牧場への激坂が棚田へ続いているのが見える。
「あの坂かよ」
という声が聞こえた。
 ここから先、標高700mの菖蒲高原牧場まではずっと登りなので、それぞれのペースで登り、牧場で合流してからまた野々海峠の道を登り出すことにした。が、美味しそうな坂道を目の前に、全員集合を待ちきれなかった何人かは早くも出発してしまっていた。ちゃっかりサポートカーに荷物を預けて走り出す人もいた。特にのえっちはロードで参加していながら、荷物を全部預けてTTモードで喜々としてダッシュ。後ろで眺めていた人の
「ありかよー、あんなの」
という切実な叫びは聞こえただろうか。できさんなどは1週間後も
「今後は応募要綱に、あなたのランドナー、じゃなくて自分で荷物を持って走ること、と書きましょう」
と言っていたほどだ。
 最後尾サポートの幹事業務を言い訳に、取付部分の激坂をみんなが登って誰もいなくなるまで待ってからのんびりと出発。

(上3枚は島 犬人さん撮影
下はGAMIさん撮影)

 東菖蒲の木立の外れを抜け、開けた棚田の中、1本道の直登状態の登りが続く。東頚城丘陵の田圃はどこもかしこも田植え真っ最中だが、この辺もそんな感じのようだ。雲一つ無い空の下、太陽はもはやほとんど真上からぎらぎら照りつける状態になっていた。棚田の中はもちろん、棚田が終わり中腹の灌木帯に入っても木陰は全く無く、日照と激坂のダブル攻撃はなかなかつらい。が、標高が上がって、時々すごく涼しい風が吹いてくるのが非常にありがたい。
 苦もなくすいすい登ってしまう先頭グループもさることながら、汗をぼたぼた落としながら必死に、それでも登るのを止めない最後尾グループの根性も凄い。ツーリング感性的に言うと、苦しくても必死に登り続けるこっちの方が偉いと思う。

(上3枚は島 犬人さん撮影
下2枚はできさん撮影)

 見覚えのある最後のカーブを曲がった先は、牧場の中の1本道だった。意外と有名な菖蒲高原牧場の1本道の風景だ。正面の野々海峠・深坂峠の山肌には、はっきりと残雪がしつこそうに張り付いているのが見える。峠は絶望的だと思った。
 11:15頃、菖蒲高原牧場着。

 下の広場に自転車を停め、高原牧場のレストハウスの広場へ登ると、ちょうど「山菜祭り」が行われていた。広場の仮設テントではいろいろな食べ物を売っていたので、早速イワナの塩焼きとちまき・焼きそばを食べた。特に餅米が原料のちまきは、小さいが腹の持ちがいいはずだ。これだったら別に下のコンビニで補給をする必要は無かったと思った。
 昼食の時間としてはそう悪くなかったが、菖蒲高原牧場着がこの時間で、この先の林道のアップダウンを考えると、撤退が目に見えている野々海峠チャレンジはあまりにも無謀だろうと思われた。そこで、直接大厳寺原牧場へ、昼食後12:00牧場発とした。

(2枚とものえっち撮影)

 丘の端の草地からは、北側の東頚城丘陵と遠くに上越平野、その向こうには日本海が見えた。広葉樹林・杉・棚田、鮮やかで勢いがある緑は、眼下の東頚城丘陵の眼下に広がるおびただしい山を覆い尽くしていた。西側にはまだ雪を被った山々が見える。鳴島さんによると、立山じゃないか、とのこと。東の丘陵の向こうには、残雪をまとった青い山肌の八海山他の山々が見えた。
 時々吹いてくる風がとても涼しい。FCYCLEのみんなに来てもらって、本当に良かった。

(できさん撮影)

 ちょっと冷やかしにレストハウス昼食組に顔を出しに行くと、AKPさん・HiSさん・すずさん・のえっち・KAIさんの選抜隊で野々海峠アタック隊を組むとのこと。
 一瞬かなり気持ちが動いたが、この先ぜひ皆さんに棚田ダートをランドナーOFFのメニューとしてこなしてほしい。また、余裕のある行程にすることで大厳寺原への道もより楽しめるし、万が一この道も雪で足止めになった場合も心配だったので、本体と共に大厳寺原牧場へ直接向かうことにした。

 愛車スポナルティーフのタイヤバーストで、サポートカーでの走行を余儀なくされていた鳴島さんが、同じく体調不良とのことで自動車での参加だった長谷川さんとここで離脱。

記 2001.6/22

#4に進む    #2に戻る    頸城の春01indexに戻る    頸城indexに戻る    自転車ツーリングの記録に戻る    Topに戻る

Last Update 2003.2/16
ご意見などございましたら、E-Mailにてお寄せ下さい。
Copyright(c) 2003 Daisuke Takachi All rights reserved.