Jaco Pastorius
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Jaco Pastorius - el-b Elmer Brown・Forrest Buchtel・ Wayne Andre・David Bargeron・ Mario Cruz・Randy Emerick・ Peter Gordon・Brad Warnarr - french horn | |
/Donna LeeAltus ALT-10001 |
久しぶりに新宿ディスクユニオンに行ってみたら、とんでもない作品が置いてありました。その名も「DONNA LEE ライヴ・アット・武道館'82/Jaco Pastorius Big Band」!
えええ〜っ!?あのNHK音源か!?と思ったら、CDジャケットの隅にNHK CD、ど真ん中のストライクでした。NHKが持っていることはみんな知っちゃあいたので、これを入手するためにNHKを襲撃する日が来るかもしれない、とすら思っていました。かなりとんでもない音源が発表されたものです。
しかしこの音源、実はNHK総合で映像付で放映されたはずです。多分1年ぐらい後にDVDでもう一度出て、ファンは「最初からこれで出せよ」と悪態を付きながらまた買うことになるでしょう。神南屋〜、お主も悪よのぉ〜。
とはいえ、この調子でNHKが秘蔵の音源をばんばん発表してくれると、かなり凄いことになります。Weather Reportの78・80・81・83年、Pat MethenyとSonny Rollinsの83年共演を始めとするLive Under The Skyの未発表音源(V.S.O.P.や一部の音源は個別に発表済)、そしてできれば毎年夏冬に本多俊夫さんがDJをされていたジャズ・イン・ヨーロッパの数々…あのころ私はマランツ倍速ラジカセしか持ってなくて、ろくなテープが残ってないんです。録り逃しちゃったのも多いですし。
「その才能をすべてWeather Report(以下WR)に注ぎ込んだ」とも言われる、エレクトリックベースの巨人Jaco Pasutoriusが、生前自分の作品として発表したのはわずかLP3枚。WRでのJacoは、どちらかというとベース演奏者としての面に注目されていた嫌いがありました。その一方、WR在籍中から発表していたリーダー作では、様々な編成でBachやBeatlesやCharlie ParkerやR&B、ソロ・ベースからビッグバンドやストリングス付と様々な題材で、人間臭い表情と溢れるような躍動感、壮大でいて繊細、縦横無尽・自由奔放・滅茶苦茶でいて完璧、というような、非常にダイナミックレンジの広い音楽表現を見せていました。
それはWRでの活動を並行しつつ、編成の決まったWRに、そしてジャズにとらわれない幅広い音楽表現を意図しているかのようでした。
1982年、Weather Report(以下WR)を脱退したJacoは、自前のビッグバンド「Jaco Pastorius Big Band」を結成、ツアーを始めました。そのビッグバンドは、Randy BreckerやMichael Brecker(日本公演では欠席)、Toots Sielmansなども参加する超豪華メンバーにドラムはWRで絶妙のコンビを組んでいたPeter Erskine。編成はビッグバンドには珍しく、キーボードレスでした。
WR絶頂期のこの脱退劇は当時様々な憶測を呼びました。が、少なくともJacoが、「キーボード入りの音楽だったらWRを越えられない」と考えたのは確かなようで、このビッグバンドによる作品では、WR(すなわちJoe Zawinul)、R&Bなどをベースに、WRの1ホーン+キーボードによる表現に較べ、管楽器ならではの躍動感や鋭い張りや繊細さ、どしっと質感豊かなハーモニーによる、何となくGil Evans Orchestra風のオーケストレイションを聴くことができます。一説には、この辺りはGil Evan直伝とも言われています。でも、作風のコピーに終わらず、見事に自分の表現として消化しているのはさすが。
また、Jacoがベース一本で、完璧な管楽器群のアンサンブルと対峙しつつ、人間臭く力強いメロディとグルーヴを渾然一体にしてぐいぐい演奏を引っ張るのも聴き物。これができるからこそJacoは超人なわけですが、これだけのメンバーをバックに主役になれるこのバンド、Jacoの長年の夢が実現した瞬間だったのではないかと思います。
ただ、同時にこのバンドでのJacoのプレッシャーはかなり大きなものでもあったようです。ほんの少しためらいのあるソロ・パート、それは1981年ぐらいまでの再絶頂期、コンサート会場で1時間以上のベース・ソロ・パフォーマンスを繰り広げた頃や、凄みを感じるほど滅茶苦茶で自由なアイデアを、悪魔のような緻密さで創り上げたリーダー第2作WORD OF MOUSEの勢いとは少し違い、音楽全体を統率するリーダーの苦しみが見えるような気がします。
一方で更なるクリエーションへのプレッシャーは、この頃からJacoの奇行癖をエスカレートさせます。それはバンドのメンバーやスタッフがフォローしきれない程でした。その後は演奏内容も実生活もそれまでの栄光と名声からは信じがたいほどぼろぼろに落ちてゆき、ついにわずか4年後の1986年、Jacoは故郷のフロリダで悲しすぎる最期を迎えてしまうのです。
さて、Jacoのリーダー3作目として発表されたのが、このJaco Pastorius Big Bandの82年東京・大阪・福岡でのAurex Jazz Festivalの自選抜粋盤、INVITATIONでした。また、日本のJacoファンの熱望に応え、INVITATIONの拡大収録版とも言うべきLP2枚の国内限定盤、TWINSTとTWINSUも発売。
両方とも自選だけあり、バンド全員の息がぴったり合った素晴らしい演奏です。むしろINVITATIONは曲数が少ない(しかも一部に編集あり)ので「何で1枚にしてしまったのか」という批判も絶えなかったぐらい。しかし、TWINSの2枚は版権の関係で長い間CD化されず、評判を聞いたJacoファンはおろか、来日ミュージシャンまで血眼で探していたそうです。
このTWINSがめでたくCD化されたのは数年前。熱心なJacoファンとしても有名な名エンジニア小野誠彦氏の全面リミックスという、嬉しいおまけ付でした。実際かつてのLPと比べても、演奏が始まった途端に違いが判る程音が良く、LPを持っている人でもCDを買い直して損は無いでしょう。
今回出たDONNA LEEは、INVITATIONとTWINST&Uの別テイク集でもあります。TWINSと同時期の演奏なので演奏が悪いはずは無く、Jaco自選のTWINSと比べるとちょっと違う表情の演奏が多いのも楽しいところです。
例えばSophisticated Ladyでは、TWINSに収録のテイクだと、Toots Thielemansの長いハーモニカ・ソロが終わってバンド全体が入ってくる部分や、まるで大きな生物が呼吸するかのような一体感がとても自然です。逆に今までそれを全く意識していなかったぐらい。それがこの武道館ライヴでは、聴き慣れたところでなかなか次の展開に入らなくて、改めてTWINSの凄さが判ったり。
一方、DONNA LEEで3曲目に入っているInvitation(当日3曲目だった)は、INVITATIONとTWINS両方でA面1曲目だった程の、ど迫力でスリル満点の演奏です。でも、全く同じテイクにも係わらず、DONNA LEE収録のものよりTWINS収録の方が、非常にかっこいいRandy Breckerのtpソロ、Jacoのベース、バンド全体の盛り上がり等が際立って耳に入ってきます。この辺りはリミックスのなせる業でしょう。また、今まで耳タコ状態でこの演奏が1曲目だったのが、3曲目であることで何か演奏の違う表情が見えるようにも思えるのも不思議。
そういう当日の雰囲気をよりリアルに聴けることもあり、DONNA LEEでは、今までTWINS等を聴き込んできた人程新たな発見ができると思います。
我々の世代にとって、Jacoは直接見ることができた数少ないジャズの巨人です。人柄も音楽も親しみやすく、未だに亡くなったのを残念に思います(そんなわけでこの作品について文章を書くのは骨が折れました)。
そんなJacoの超人たる顔と、ほんの少し人間らしい部分が見え隠れするこのバンドの演奏を日本で残してくれたことは、Aurex Jazz Festival82の功績として語り継がれるべきでしょう。
記 2005.1/28