Wynton Marsalis
/Hot House Flowers

CBS SONY 28AP 2936

Wynton Marsalis - tp
Branford Marsalis - ss,ts
Kenny Kirkland - p
Jeff 'Tain' Watts - ds
Ron Carter - b
Kent Jordan - alto-flute
Robert Freedman Orchestra


 ジャズ界きっての秀才、Wynton Marsalisのゴージャスなストリングス作品です。

 1980年代初頭、まだ10台の少年だったWyntonは、Art Brakey&Jazz Massengersに抜擢されます。圧倒的に切れが良いパッセージ、空気を切り裂くような鋭い高音、淀みなく勢いの良いアドリブは、演奏を聴いた人の度肝を抜きました。
 もともとJazz Massengersというバンドは、Lee MorganやWayne Shorterをはじめ、Art Brakeyが若手新人の才能を開花させるバンドとして有名なのですが、Wynton Marsalisは後期Jazz Massengersの中でも主席の優等生でしょう。

 少し遅れてJazz Massengers在籍のまま、Wynton Marsalisは、Herbie Hancockトリオと活動を始めます。1stアルバム「Wynton Marsalis」はCBSからリリース。Herbie Hancockトリオが全面サポート。同日録音の2枚組Herbie Hancock Quartetは当時流行りだしたデジタル録音のはしりで、Wyntonの切れが良いトランペットを全面的にフィーチャーした作品でした。
 その一方で、もともと故郷のニューオリンズでは、Wyntonは14歳からオーケストラと競演するほどのクラシックの優等生でもありました。上記のようにジャズ界に華々しくデビューしたWyntonは、クラシックでもアルバムを発表し、'83年度グラミー賞をクラシックとジャズの両方で受賞するなどの前人未踏の快挙を、弱冠22歳で成し遂げます。

 WyntonバンドとJazz Messengersを中心に、大量の若手ミュージシャンが一度にアコースティック・ジャズ・シーンに登場し、ジャズの新たな潮流として話題になったのもその頃でした。当時のジャズ界はフュージョン全盛期。Wyntonの出世をサポートした(?)Herbie Hancockですら、その次の作品はあの「Rockit」だった程です。

 父のElis Marsalisは通好みの渋いピアニスト、兄のBranfordや弟のDelfeayo、Jasonも母親を抜かす家族全員がミュージシャンというジャズのサラブレッドのような家系に生まれ、クラシックもジャズもやることなすこと高い評価を受け、Wyntonはトランペットの神童として絶賛されました。
 その一方で、Wyntonの完璧なテクニックと、伝統を踏まえた上での伝統回帰的、いや、むしろ学究的ですらある伝統指向に、疑問を投げかける批評家やファンも多くいました。疑問というのは、「テクニック偏重だ」「演奏にハートが無い」「信じがたいほど保守的」「学問ジャズだ」という内容でした。
 この評価の妥当性は別にして、未だに私の頭から脅迫関連として離れない、Wyntonの有名なセリフがあります。
「テクニックが全てだ。ハートもテクニックだ。」
 つまり、演奏家として、聞き手に訴える音の全てにテクニックが重要である、ということを言いたかったのだと思います。しかし、こういうセリフは当然の如く更なる反感の対象となりました。

 しかし、そんなことは全くお構いなく、その後Jazz Massengersを脱退(卒業?)したWyntonは更に伝統路線を突き進み、終いにあくの強いメッセージ色を込めたニューオリンズ・スタイルに辿り着きました。そのあまりにストイックで厳格な音楽に、それまでのWyntonに対する議論は次第に少なくなり、次第に以前に比べてWyntonがあまり一般ジャズファンの話題に登ることは少なくなったのでした。

 84年録音のこの作品は、そんなWyntonがニューオリンズ・スタイルに本格的に取り組む直前の傑作として知られています。鋭さは変わらないのに、以前とがらっと変わった太くて丸味のある音、ゆったり堂々たるフレイジングは、当時のジャズファンのWyntonへの先入観を打ち破るに十分な大変化でした。剃刀が凄みの効いた日本刀に変わった感じ。

 演奏自体はほぼ当時のWyntonバンド+ストリングス・オーケストラという編成で全8曲。トランペットのストリングス物というと、どうしてもWyntonも方向性をクラシックからジャズへと転換させてしまったCrifford Brownの超名盤「Crifford Brown With Strings」('54)を思い出してしまいます。あっちは原曲のメロディをストレートに活かしたバラッド集でしたが、このWynton盤では有名曲の新解釈とでも言うべき、トリッキーなアレンジの曲が続きます。「星に願いを」「Gjango」など空前絶後の大げさなアレンジです。この大袈裟さこそ、今にして思えばWyntonの本音だったのかも。
 しかし、B面3曲目「Hot House Flowers」では当時活きの良いリズムが絶好調のWyntonバンドのサウンドが前面に出ます。そしてラストの「I'm Conffesin'」で力強い4ビートで一気に盛り上がる辺りはたまりません。

 原題はは「Hot House Flowers」ですが、なぜか邦題は有名スタンダードの「Stardust」。これはA面1曲目に入っている堂々たるスローバラッドです。
 冬の澄んだ星空、帰り道に空を見上げて天の川を探していると自然にこの「Stardust」が頭に浮かび、暖かい家に帰ると今度は「Crifford Brown With Strings」の「Stardust」を思い出します。それはそのままこの2枚の印象とつながっていたりします。

記 2004.3/6

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Last Update 2004.3/6
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