Bill Evans Trio
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Bill Evans - p |
毎年8月も後半になると、Bill Evansのこの全身全霊の演奏を思い出します。
1980年9月14日、NYCマウント・サイナイ病院で、肝硬変と肺炎のためにBill Evansは亡くなりました。この作品は、その死後9年後に発表された、死去直前期の1980年8/31〜9/7、サンフランシスコのキーストン・コーナーでの演奏記録です。
Bill Evansは、およそ駄作という物の少ないピアニストとされています。そのBill Evansの生涯最高傑作は何かというと、有名なScott Lafaro・Paul Motianとの1959年から60年にかけての諸作、60年代後半のモントルーのライヴ盤、1965年のソロ演奏「Alone」辺りが定説となっていました。
一方、この作品で聴けるMark Johnson、Joe LaBarberaとのトリオは、Bill Evans生前のインタビューでの「Scott LaFaro、Paul Motianのいた頃に匹敵する」という談話、Evans没後少しして出た「Paris Consert」というライヴ盤、実際にこのトリオの演奏を聞いたファンの評判によって、「意外な好調期」という扱いになっていました。
しかし、いかんせん実際に聴ける音は前述「Paris Consert」しか無く、その実態は不明でした。
そういう状況が長い間続いた1989年、Bill Evans死去直前のそのトリオの演奏記録が発表されました。
キーストーン・コーナーのオーナーが私家録音した音源からLP盤2枚組に抜粋、日本のAlfa Jazzから発表されたその「Consecration The Last」という作品は、それ以前のBill Evansのイメージを一気に変えてしまったと思います。
それまでのBill Evansには、クールで内向的なイメージがあったのですが、この作品では、明快でものすごくパワフルで、ダイナミックレンジが圧倒的に広い、心に迫るような力を持った演奏を聴くことができます。
とにかく熱い演奏です。それも半田鏝を新聞紙に突き刺して、すっと穴が空くときのような鋭い熱さ。その激しさは、Evansが突っ走り他の2人はそれにぴったり付いてゆく、というようにすら聴けるほどです。歴代Evansトリオは演奏者同士の緊密なやりとり「インタープレイ」で有名だったはずなのに。
Evansが突っ走ってるみたいとは言いましたが、テンポ・強弱・キーの変化、ソロの展開とバッキングなどでの、このトリオの一体感はくらくらと幻惑的なほど。特に、Evansの先を読み切っているようなベースのMark Johnsonのプレイは、聴き所のひとつでしょう。
発表後、「Consecration The Last」は、ジャズ・ファンから圧倒的な支持を受け、次いでオリジナル曲を中心にまとめられた「Consecration 2」が、そしてこの時の演奏を演奏日別に収録した8枚組「Consecration The Last Complete Collection」、更にその後新たに発掘された昼の部の8枚組「The Last Waltz」が発売されました。
この2組の8枚組のCDでは、同じジャズクラブでの1週間の記録ということもあり、若いころのScott Lafaro・Paul Motianとの黄金トリオのレパートリーや、後年演奏するようになったファンお馴染みの曲、このトリオでしか聴けない曲などが、何回も何回も次々に繰り返されます。
Mark Johnsonは、この期間日に日に弱っていったEvansを、「このままでは死んでしまうと、演奏しながら心の中で叫び続けていた。毎日顔を合わせる度に病院へ行くようお願いして、結局最後に病院に運んだけど、医者があきれるぐらい手遅れだった」と語っています。
8日間の演奏は、そんなエピソードが全く信じられないぐらいの絶好調そのもの。音楽そのものが音楽だけで素晴らしい、渾身の名演です。
しかし、あまりに情熱的なその演奏に、この作品が鳴っている間どうしても「最後の」というキーワードが頭から離れません。死を悟って、自分のピアノに最後の最後まで忠実であろうとした、録音予定も無いはずだった最後の演奏。それ故にこの演奏を冷静に聴くことができないファンは多いと思います。
というわけで、今回は「今月の1枚」ではなく「今月の16枚」になってしまいました。
16枚は全部が全部素晴らしく、そういう意味では16枚全部同じとも言えます。でも、Evansファンでまだ聴いたことが無いという人には、Evans生涯の最高傑作として16枚全部をお奨めします。Bill Evansって誰?という人も、編集盤ぐらいは聴いてみて損はありません。
記 2003.7/27
Last Update 2003.7/30